蒼穹のジグソーパズル
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R-18







恐らく、一時的に気を失っていたのだろう。
ふと気がつくと、ナマエはシーツの海に全裸で横たわっていた。
下肢に不快感がない辺り、後始末はしてくれたのだろう。
淡い間接照明だけを灯した薄暗い部屋で、二、三度瞬きをした。
少しずつ、曖昧だった記憶が蘇ってくる。
確か、仕事を終え、寮に帰ろうとしたところで声を掛けられた。
特に断る理由もなかったので、そのまま部屋について行った。
その後の展開は、現状を見れば明らかだ。

無理な体勢で及ぶことはなかったので、身体に痛みはない。
なんとなく倦怠感があるが、そればかりは仕方ないことだろう。
寝返りを打つのは億劫で、微かに首を捻った。
隣に、先ほどまでナマエを掻き乱していた男の姿はない。
一服だろうかと視線を巡らせれば、着流し一枚で窓際に佇む宗像の姿を見つけた。
案の定、その手には煙草のパッケージが握られている。
しかし煙草を吸う素振りはなく、ただ手の中でボックスを弄っているだけだ。
その姿に、ナマエはそれが何であるかを察した。

宗像は、普段吸い切っては捨て、また購入するというルーティンに組み込まれたパッケージの他にもう一つ、別のパッケージを持っている。
銘柄は同じだが、後者はいつでも残数が十八本と決まっていた。
その二本だけ減ったボックスは、あの雪の日に封を切られ、そして二人の王が一本ずつ吸ったらしい。
らしいというのは、宗像から直接聞いたわけではない。
ナマエの推測だ。
その時のパッケージが、本数を減らすことなくそのまま宗像の手元に残っているのだ。
まるで、周防尊の形見とばかりに。

何も纏わない身体が冷えてきたのを感じ、ナマエはシーツを手繰り寄せようと身を捩った。
衣擦れのような微かな音に気付いた宗像が、無表情だった顔に笑みを張り付ける。

「気が付きましたか」

ケースを持つ右手がさりげなく背後に隠されたのを視界に収め、ナマエは鼻で笑った。

「別に、いいと思いますよ」
「いい、とは?何の話でしょうか」

シーツを身体に巻き付け、起き上がる。

「悲しいなら悲しいで、いいじゃないですか」

そう答えれば、しらを切るつもりだったらしい宗像が諦めたように苦笑した。
ベッドサイドのチェストの上に、煙草が投げ出される。
BLUE SPARKSの文字が、ぼんやりと照明に照らされた。

「……私に、そんなことを言う資格はありませんよ」

宗像が、ナマエに背を向ける形でベッドの縁に腰を下ろす。
見えなくなった顔に浮かぶ表情を想像して、ナマエは腹立たしいような気持ちになった。

「何でって聞いたら、王だからって言うんでしょうね」

当然のように返ってくるのは肯定だ。
私の剣は天命を選び取ります。
いつだったか、食堂で聞いた言葉を思い出す。
たとえ迷っても正しい選択をするのだと、宗像は言った。
そして宗像にとっては、結果が全てなのだろう。
宗像は、完成したパズルの絵柄を見ているのだ。

「……王様って、そんなに難儀なものですか?」

別に、それを悪いと言うつもりはない。
完成に至るまでのピースひとつひとつを、全て大事にしろなんて思わない。
指先で弄ぼうが、叩きつけるように置こうが、一度床に落とそうが、構わない。

「役割の一つ。肩書きの一つ。他と何が違いますか?」

だが、悲しみというピースをはめる位置を早々に決め、置いたらそれで終いとばかりに視線を逸らしてさも当然とばかりに笑われるのは、少し不愉快だった。

「ミョウジ君、それは極論ですよ」
「室長に話してるんじゃありません」

肩越しに振り返った宗像に突き付けた言葉は、その困ったような笑みを少しだけ崩す。

「ナマエ、君の言いたいことは理解しました。しかし、そういうことでは、」
「そういうことです」

別に、珍しいことではなかった。
宗像はいつだって、何段も上から世界を見下ろしている。
普段はそれを気に留めることもあまりない。
今日に限ってなぜこんなにも苛立つのか、原因はやはりあの煙草なのだろう。

「誰にだって役割があります。王様、クランズマン、どっかの会社員、アルバイト、教師、医者、父親。何かしらあります。何もない、という役割だってあります」

振り返ったままの宗像が、ナマエの真意を探るように目を細める。
起き抜けの長広舌に喉が渇いたが、途中でやめはしなかった。

「でも、四六時中そうである必要がありますか。ベッドの中でまで役に徹さなきゃならないですか。悲しいと言うことに、資格が必要ですか」

多分、特務隊のメンバーに聞かれたら怒られるだろうな、と思った。
王をアルバイトと同列で語るな、と。
もちろんナマエとて、その役割の内容を同列で見ているつもりはない。
だが、その肩書きの内側にいる人間は、同じヒトなのだ。

「………君からして見れば、私は滑稽なのでしょうね」

イエスと即答してやろうかとも思ったが、ナマエは何も言わなかった。
しかし、宗像には違うことなく伝わったらしい。

「君は正しい。そう、正しいんですよ」

宗像の言葉はナマエに向けてというよりも、自身に言い聞かせるような響きで繰り返される。
レンズの奥、紫紺が困ったように垂れた。

「私にはない強さです」

そう言うと宗像は、チェストの引き出しの中から煙草とライターを取り出した。
同じBLUE SPARKSでも、チェストの上に乗っているものとは役割が異なる。
宗像が引き抜いたのは、吸うための煙草だった。

「………感情を認めてしまっては、進めないのですよ」

白い煙と共に吐き出された宗像の言葉に、ナマエは少しだけ驚いた。
宗像にとっても、今日は何か特別な感慨を覚える日なのだろうか。
宗像が、この手の内容においてはぐらかすことなく本心を零したのは、恐らくこれが初めてだった。

「……悲しいと言えば、あの日に戻ってしまう。そこから一歩も動けなくなってしまう。そんな時間はないというのに」

煙と一緒に宙を彷徨う、宗像の言葉。
ナマエは声に出すことなく、少しだけ笑った。
無意識なのだろうか。
宗像が認めた宗像自身の感情に、それがきちんと言葉となって現れたことに安堵した。

「私は、それを抱えて進めるほど強くはないのです。だから、……っ、」

ナマエはシーツの海から抜け出すと宗像の指から煙草を奪い、そのまま身体を反転させて宗像の上体をベッドに押し倒した。
驚いた宗像の言葉が、中途半端に途切れる。

「ナマエ?」

腰の上に跨って見下ろすと、宗像はぽかんと無防備にナマエを見上げていた。
どうやら、完全に意表を突かれたらしい。
面白くなったナマエは小さく喉を鳴らし、宗像から奪った煙草を咥えた。

「同じですよ。引き出しの中の煙草と、上に乗ってる煙草。役割は違っても、同じ煙草です」

どっちも苦いだけです。
ナマエはそう言って、煙草をチェストの上の灰皿に押し付けた。
見上げてくる宗像の表情は、相変わらずどこかあどけない。
宗像が意外と不意打ちに弱いことを、ナマエは知っていた。

「室長」

声質を変えた。
一瞬で、宗像の表情が引き締まる。

「何のための、我々ですか。何のための、部下ですか」

私たちは、室長の足を引っ張るために存在するのではない。
私たちは、ただ室長に手を引かれて歩いているわけではない。
青の王、宗像礼司の手足として存在し、王の理想を体現するために歩いている。

「室長は、どんなに立ち止まりたくても立ち止まれないんですよ。特務の顔、思い浮かべてみて下さい。道明寺とか日高とか、あの騒がしい馬鹿共が、感傷に浸らせてくれるとでも思ってるんですか?」

勢いがある。
決して止まらない流れがある。
それは、王となった宗像が作り上げたものだ。

「大義は一本道です。今さら誰も迷いません。室長が立ち止まったら、残念ながらみんなで手を引いて背中を押して、ついでに尻を蹴飛ばしますよ」

だから、大丈夫だ。
青の王は、セプター4の室長は、心配しなくても動けなくなったりしないから。

「だからね、礼司さん。貴方は、止まってもいいんですよ」

貴方が立ち止まっても、青の王は立ち止まらないから。
貴方が動けなくなっても、セプター4は動き続けるから。

「その時は、部下のミョウジ君じゃなくてコイビトのナマエちゃんが、一緒に立ち止まってあげますから」

ナマエのふざけた言いように、宗像がふっと声を上げて笑った。

「……君は男前ですね、ナマエ」

一頻り笑った宗像が、なおも楽しそうに目を細めたまま漏らした言葉に、ナマエは眉を顰める。

「なんですかそれ、褒めてます?それとも、女らしくないって貶してるんですか?」

ナマエが宗像の胸元を軽く殴れば、宗像がその手を両手で包み込んだ。

「もちろん褒め言葉です。それに、君を女性らしくないと思ったことなどありませんよ」

ほら、と。
宗像が微かに腰を上げた。
その瞬間、ナマエの尻に押し当てられた熱。

「…………なにやってるんですか」

散々したでしょう、という意味を込めて窘めれば、宗像が困ったように眉を下げた。

「そうは言われましても。そのような格好で熱烈な告白をされれば、誰だってこうなりますよ」

私も男ですから、と付け足した宗像は、確かに雄の顔をしていて。
ナマエは息を漏らして笑うと、宗像の腹に両手を置いて腰を微かに揺らした。
見下ろした先、宗像の顔が微かに歪む。

「明日も仕事なんで、程々にお願いしますよ?」

唇の端を持ち上げれば、宗像はその双眸に確かな欲情の色を添えてナマエの腰に手を回した。

「善処しましょう」






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