答えはひとつ
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宗像には、恋人の誕生日、というものに対する憧れがあった。

片手の指で充分に足りてしまうほどの回数ではあるが、宗像も、王になる以前に女性と交際をしていたことがある。
今の宗像にとってそれらがとても貴重な思い出であるか否かと問われれば、然程のものではないと答えざるを得ないが、それでも交際をしていたその時は、相手に誠実であったつもりだ。
だが、常人には理解されにくい思考回路が原因なのか、宗像のお付き合いは長続きをした試しがなかった。
過去のどの交際を振り返ってみても、せいぜい半年がいいところだ。
そしてその期間に相手の誕生日が重なったことが、一度もなかったのだ。

だから、憧れていた。

友人知人との会話やネットで知り得た情報を統合するに、やはり恋人の誕生日というのは交際をしている男女の間で重要なイベント事なのだろう。
プレゼントを用意すると一言に言っても、選択肢はごまんとある。
また、渡すタイミングやシチュエーションも考えなければならない。
日付が変わると共に手渡すべきか、それとも朝起きた時に気付けるようにそっと置いておくべきか、それともディナーの席で差し出すべきか。
何を選び、いつどこで何と言って渡すのか。
綿密に計画し、最も効果的な手法を用い、相手を喜ばせる。
宗像にとってそれは、非常に興味深いミッションだった。

だから、期待したのだ。

王になり、この立場では迂闊に恋人も作れないか、という宗像の理性を悉く打ち砕いてしまった可愛らしい女性を半ば強制的に口説き落とした。
そしてその天使のような恋人に誕生日を尋ねると、なんとたったの一ヶ月後だったのだ。
恋人の誕生日を祝うチャンスがようやく巡ってきたと知った宗像は歓喜した。

しかしその相手というのが、宗像が過去に交際をしてきた女性とは悉く違っていた。
そもそも、セプター4という、肩書きは役人だがその実は戦闘集団と言っても過言ではない組織で剣を振るっているという時点で、女性としては奇特だ。
同じ立場の淡島ともまた異なる。
淡島は、仕事においては冷徹で男勝りな部分が前面に押し出されているが、プライベートではそうでもない。
フェミニンな服装を好むし、寮の部屋では小物やぬいぐるみに囲まれている。
女性の中でも、かなり可愛らしい趣味の持ち主だろう。
しかし宗像の恋人は、休日を上下スウェットで過ごし、部屋のインテリアになど全く何の興味も示さない。
カフェのパスタよりも焼肉、スイーツよりも酒の肴。
非番の日もショッピングや映画館などには行かず、部屋で惰眠を貪っている。
つまり、女性らしさという言葉からは程遠い趣味嗜好だった。
もちろん宗像には、恋人の服装や行動について口を出す気などさらさらない。
女性らしい格好をしなくても宗像にとっては誰よりも可愛らしい恋人だし、そのようにずぼらで淡白なところさえも引っ括めて大切だと思っている。
だが問題は、誕生日に一体何を贈れば喜んでくれるのか、皆目見当もつかないことだった。

一般的には、服や鞄、アクセサリーなどの装飾品、財布やポーチなどの小物などを贈ると良いと耳にした。
しかし宗像は、恋人がそれらを喜んでくれるとはとても思えなかった。
定番のケーキだって、甘いものが嫌いな彼女は食べてくれないだろう。
かといって、誕生日のお祝いにスルメイカというわけにもいかない気がする。
宗像は悩んだ。
人に聞いたりネットを駆使したりと、情報収集にも力を入れた。
しかし恋人が普通からは少し外れている以上、一般的な意見は参考にならなかった。
彼女の好きなものが全く分からないわけではない。
ビールとスルメイカ、白米と牛タン、そして休日のベッド。
残念ながら、どれも誕生日プレゼントには不向きだ。
いっそのこと彼女の部屋に寝心地の良い特大のベッドを運び込もうかとも考えたが、改装しなければ不可能だと、相談を持ちかけた伏見に素気無く却下された。
それに、寝心地が良すぎて宗像の部屋に泊まりに来てくれなくなっては困る。


宗像が悩みに悩んでいる間に日々は過ぎ去り、気が付けば誕生日は翌日に迫っていた。
そんなもん本人に聞けばいいじゃないですか、という伏見のアドバイスが脳裏をよぎる。
出来ることならばサプライズにしたかったが、今となってはそれも不可能だろう。
宗像はやむなく、本人に欲しいものを聞いてみることにした。


「では、報告は以上です」

仕事中はしっかり部下の顔をした恋人が、そう言ってホログラフを消し去る。
宗像はそれを、プレゼントについて悩んでばかりで一向に減らない書類の山越しに見ていた。

「ナマエ」

では、と退室しようとする姿を呼び止めると、訝しげな視線を向けられる。
その口が仕事中は名前で呼ばないで下さい、と動く前に、宗像は決断した。

「君、今何か欲しい物はありますか?」

彼女にとっては、唐突な問いかけだったのだろう。
きょとり、と猫のような目が瞬く。

「いえ、物でなくても構いません。望みでも何でも、好きなことを言って下さい」

向けられるのは意味が分からないと言いたげな視線だったが、せめて誕生日のプレゼントだということは隠しておきたかったので、宗像は黙ったまま答えを待った。

「……それは、言えば室長が叶えてくれるってことなんですか?」

てっきり、第一声は別に何もありません、などという取り付く島もない答えが返ってくるかと思っていただけに、宗像は思わぬ展開に心を躍らせた。
どうやら、何かリクエストをする気があるらしい。

「もちろんです。何でも言って下さい。君のために私が叶えてみせますよ」

さあ、と両手を広げて続きを促す。
何を言われても、立場を利用すれば宗像には不可能などない。
よくよく考えれば、これは無欲な恋人からの初めてのお願いだ。
その可愛らしい唇からどんなお願いが紡がれるのか、宗像は期待した。

期待、したのだが。


「じゃあ、今日中にその書類全部確認して捺印しといて下さい」


ぴしり、と。
宗像は音を立てて固まった。
表情筋まで硬直したのか、笑顔のままで。

「何でも叶えてくれるんですよね?じゃあ、その溜まった仕事片付けてくれますよね?」

そんな宗像を尻目に、彼女は念押しとばかりに言葉を変えて同じことを繰り返す。
何でも叶えると宣言した手前、宗像に否と答える権利はなかった。

「……分かりました、ミョウジ君」

部下の顔をした恋人からのお願いに、宗像は声を絞り出して答える。
そのまま、書類の隙間を目掛けてデスクに項垂れた。
プレゼントどころではない。
可愛らしいお願いを聞いてあげるはずが、ちっとも可愛らしくない部下からの苦言が飛んできた。
しかしここ最近事務仕事が疎かになっていたのは事実なので、ぐうの音も出ない。
今日中に、という期限を守るためには、相当頑張る必要がありそうだった。

「じゃあ、お願いします」

宗像がつい先ほどまで抱いていた恋人の誕生日というイベントへの期待を打ち砕いたことに欠片も気付かぬ様子のまま、青い制服の裾が翻る。
夢を叩き折られた宗像は、ぼんやりとその後ろ姿を見送った。
ドアまで数歩、ブーツの音は絨毯に吸い込まれて消える。
ノブに手を掛けたところで、彼女は振り返った。


「……今夜、部屋行きますから。日付が変わったら、お祝いして下さいね」


呆気に取られた宗像が声を出す前に。
その姿はドアの向こうに消えた。

一瞬固まった宗像は、その意味を理解するなり勢いよく起き上がり、手近にあった書類の山を引き寄せる。
タイムリミットまで、あと九時間。
宗像は、猛然と書類を捌き始めた。


最後に見た部下は、恋人の顔をしていた。






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