王様の恋[2]
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なるほど、構いませんよ、と始まったのは、宗像の語る恋バナだった。
例えばそれが過去の話だったならば、宗像にもそんな時代があったのか、と聞き流せただろう。
だが、あろうことか宗像が話し始めたのは、過去ではなく現在の話だったのだ。

「実は、私にはお付き合いをしている方がいるのですが、その人が、」
「し、………室長………?」
「はい?」

全員の驚愕を一纏めにして、道明寺が早々に話の腰を折った。
普段ならば秋山弁財辺りがそれを窘めただろうが、今回に限っては二人とも何も言わなかった。
というよりも、何も言えなかった。
伏見以外の全員が、宗像を凝視する。

「……お、お付き合いをしている人が、いらっしゃる、のですか……?」

微かに震えた加茂の声を聞きながら、そういえば誰も知らないのか、と唯一事情を知っている伏見が小さく溜息を吐き出した。

「はい。そんなに意外ですか?」

宗像がレンズの奥で目を瞬かせると、弾かれたように皆が畏まって頭を下げた。

「いっ、いえ!そういうことではっ」
「も、申し訳ありません!」

全員の顔に意外だと書いてあったが、宗像はそれをスルーしてニコリと笑った。
その視線がチラリと流れてきたのを見たが、伏見は無視を決め込む。
宗像は苦笑し、続きを話し始めた。

「それがとても可愛らしい女性でして」

恐らく、誰も己の口が間抜けに開いていることに気付いていないのだろう。
微笑んで語る宗像と、そんな宗像を唖然と見つめる部下達を眺め、伏見は小さく鼻で嗤った。

「黒髪が綺麗で小柄な、……ああ、写真を見ますか?」

そう言って懐に手を差し入れた宗像に、しかし秋山達は誰も微動だに出来ない。
奇妙な沈黙に気付いていないのか、それとも気付いていない振りをしているのか、宗像は優雅な所作でタンマツを取り出した。

誰一人、宗像の容姿については非の打ち所がないと信じて疑わない。
十人いれば十人が宗像の顔立ちを整っていると評するだろう。
ついでにスタイルは抜群、高学歴、職業は公務員、収入も安定している。
文句の付けようがない。
しかし、誰も想像したことがなかったのだ。
この、清廉潔白を地で行く王様の、雄としての一面を。
性格に多少の難があるとはいえ、かなりの優良物件なのは確かだとしても、隊員達にとっては宗像が女性と関係を持つということがあまりに想定外だった。
そんな面々の前に差し出されたタンマツの画像が、全員に現実を突き付ける。
恐る恐る覗き込んだ画面の中、そこには宗像の言う通り黒髪の可愛らしい女性が恥ずかしそうに微笑んでいた。

「………マジで、室長の恋人………?」

目の当たりにした事実に、道明寺がぼそりと呟く。
各々がこっそりと視線を交わす中、差し出したタンマツを手元に引き戻した宗像が心底愛おしげにその写真をひと撫でした。
全員の背筋に、ぞわりと薄ら寒い震えが走る。
宗像は、かつて誰も見たことがなかったような表情を浮かべていた。

「さて、何から聞きたいですか?」

宗像が、話を振った日高に声を掛ける。
その瞬間、誰もが取り返しの付かない事態を招いてしまったことに気付いたが後の祭り。

「…………ええと、では、その、……な、馴れ初め、などを……」

すっかり顔を青ざめさせて固まった日高の代わりに、弁財が吃りながら宗像に話を促した。
それが果たして、正解だったのか否か。
そこから宗像の、無限にも感じられる馴れ初めと称した恋人自慢が始まったわけである。

最初に、酒に逃げるという選択肢を選んだのは誰だったのか。
特務隊の面々は、食事もそこそこにアルコールばかりを注文し、それをひたすら喉に流し込んだ。
宗像の話は、とても素面で聞き続けられるような代物ではなかったのだ。

「聞いていますか秋山君?」
「はっ、はい!勿論です!」

ビール、焼酎、ワイン、カクテルと、次々にグラスが空いていく。
呂律の怪しくなり始めた面々の中、一番に潰れたのはアルコールを摂取していないはずの道明寺だった。
雰囲気に酔ったのか、すでにテーブルに突っ伏している。

「それでですね、その時に彼女があまりに恥ずかしがるのでどうにも面白くなってしまいまして、」

酒に強いはずの弁財や加茂ですら、そろそろ目が虚ろだ。
そんな中、一人度数の高い日本酒を飲み続けているはずの宗像だけが、常と変わらぬ朗々とした口調を保っている。
ついには宗像への忠誠心だけを頼りに背筋を伸ばしていた秋山でさえテーブルに崩れ落ちたところで、宗像はようやく口を噤んだ。

「おや、皆さん酔っ払ってしまったみたいですね」

さも意外そうな口調で放たれた言葉の向く先はもちろん、未成年のため酒を飲んでいない伏見だ。
最後に唯一残った話し相手をターゲットに、宗像が小首を傾げる。

「……はあ、そうですね」

行儀悪くストローを噛んでいた伏見が、うんざりと相槌を打った。

「さて、では次は先日のデートの話をしましょうか」
「結構です」
「おや。では、先月誕生日のお祝いをした時の話が良いでしょうか」
「それも結構です」
「…伏見君は我儘ですね。それでは、彼女と初めてキスをした時の話を、」
「興味ないんでいい加減黙って貰えますか」
「……伏見君。そうつれないことを言わないで下さい」

どうしてこうなった。
伏見はストローを咥え、ほとんど氷だけになったグラスの中身を吸い上げた。
ズズ、と不愉快な音が鳴る。
顔を上げれば、宗像が困ったような笑みを浮かべていた。
どうにも居心地が悪くなり、伏見は緩慢な所作で立ち上がる。
死屍累々、とばかりの惨状をざっと見渡してから踵を返せば、宗像に名を呼ばれた。

「どちらに?」

その問いに、便所ですと一言言い置き、伏見は座敷を後にする。
通路に出た伏見はようやく訪れた解放感に溜息を吐きながら、ポケットからタンマツを抜き取った。
一つの名前を選び出し、タンマツを耳に押し当てる。
数コールの後に出た相手に向かって、伏見はぞんざいな口調で物騒な命令を下した。

「お前の王様、さっさと迎えに来ないとぶっ殺す」

一拍の間、そして回線の向こうで女が幸せそうに笑った。





王様の恋
- それに伴う家来の受難 -






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