降り積む想いの果てに[2]
bookmark


「……本当に、懐かしい。随分と時間が経ちましたね」

千景は頭領となり、西の鬼を統べた。
人の世では大きな戦があった。
幼かった童は、大人になった。


「……せっかくだ。散歩にでも行くか」
「雨の中をですか?」
「たまにはいいだろう、風流だ」

では羽織を用意しておきますね、と立ち上がりかけたナマエを、千景は名を呼ぶことで制した。

「お前の分もだ」
「……お伴してもよろしいのですか?」
「お前は俺を一人で雨の中に放り出すつもりか。随分と薄情な女ではないか」

千景が語気を強めれば、背後のナマエは声を漏らして笑う。
支度をして参ります、と遠ざかる気配に、千景は重く溜息を吐き出した。

「………全く、どこまで鈍感に出来ているのだ、あの女は」

もう数え切れないほどの年月を、共に生きてきた。
互いの長所短所、酒の飲み方や食の好み、些細な癖まで理解しているというのに、なぜか千景の想いだけが伝わらない。
そろそろ分かってもいい頃だろう、と思ってから何年が経ったことか。
鈍感な女め、と千景はもう一度罵って、静かに立ち上がった。


用意された羽織に袖を通し、外に出る。

「一本で事足りる」

二本ある番傘の一本だけを掲げ、千景はナマエの手を引いた。
大人しく着いて来るナマエを近くに引き寄せ、二人で歩き出す。
ぬかるんだ足元が煩わしくないのも、傘の上に落ちる雨音が鬱陶しくないのも、全ては隣にある存在のおかげだった。
幼い頃、千景の手を引いて歩くナマエの手は大きく感じられたものだが、今となってはその手は千景の手の中にすっぽりと収まってしまうほどに小さい。
年月は二人をそれぞれに成長させ、そして立場をも変えた。
だが、一つだけ変わらないものがある。
日々の中で少しずつ千景の中に積もった想いは、昔と変わることなく色鮮やかだ。

「……そろそろ芽吹いても良い頃合い、か」
「千景様?」

見上げてくる視線に、いやむしろ遅すぎる、と千景は鼻を鳴らした。
遅咲きにもほどがある。
だが、時間をかけた分、大きな花が咲くのかもしれない。
二人だけの、鮮やかな花が。

「ナマエ」

もう一度、温もりを握る手に力を込めた。
拒否を受け付けるつもりなど毛頭ないし、自信がないわけでもない。
だがそれでも、些か緊張するものなのだな、と。
千景は、初めての感覚に少しだけ笑った。

雨足が、徐々に弱まってきていた。
この雨が上がったら、いい加減言葉にしてみようかと思う。
鈍感で、幾度それらしい雰囲気に持ち込んでも一向に気が付かない、この馬鹿な女のために。
この、馬鹿みたいに大切な女のために。

「一つ、お前の知らない話をしてやろう」


雨上がりに相応しい、綺麗な笑みのひとつでも見せてくれれば満足だ。





降り積む想いの果てに
- 君の笑顔があらんことを -





あとがき

夕菜様へ

大変お待たせして、本当に申し訳ありませんでした。リクエストを頂いてから、どれほどお待たせしてしまったことか……日数を数えると血の気が引く思いです。本当にすみません。
リクエストを二択で頂いておりましたが、アタックするちー様、だけどそれに気づかない幼なじみの年上で落ち着きまくっているヒロインちゃん、の方を書かせて頂きました。「アタックするちー様」の部分が弱すぎたかな……と反省しているのですが、こんな感じになりました。少しでもお気に召して頂ければ幸いです。
この度は、素敵なリクエストをありがとうございました。今後とも、The Eagleをよろしくお願いします(^^)








prev|next

[Back]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -