笑ってよ、俺のために[2]
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「一杯、飲んで帰らねえか?」

資料を纏め終えたナマエに、くい、と指で作った杯を煽る仕草で声を掛ける。
ほんの少しの間を空けて、ナマエは小さく笑うと頷いた。

帰り支度を済ませ、オフィスを後にする。
向かったのは、何度か二人で飲んだことのある駅近くのバーだ。
カウンターに並んで腰掛け、お互いに少し強めの酒を注文した。

「……そんなに、無理することねえだろうが」

他の話題で気を逸らすことも出来ず、ストレートな言葉を選ぶ。
ナマエは特に驚いた様子もなく、薄く微笑んだ。

「どちらにせよ、視界には入りますから」

珍しく僅かに棘を含んだ言い方に、相当参っていることを知った。
土方さん自身は、公私混同をしているとは言えない。
雪村がミスをすれば正しく叱るし、特別扱いをしているようにも見えない。
だが、雪村の部下としては過ぎた態度を去なしきれていないのも事実だった。
しかもそれは、ナマエの前だからだ。
土方さんがナマエを、部下として信頼しているからだ。
だからこそ、照れるなどという無防備な姿を見せるのだ。

「……お前、俺が前に言ったこと覚えてるか」

いつだったか、土方さんから雪村とのことを相談されたとも言っていた。
その信頼は、重くナマエの心に伸し掛かる。
きっとナマエは、それでもいいと言うのだろう。
そうやって、報われない恋心を抱えたまま、土方さんを支えていくのだろう。

「何の話ですか?」

聞き分けのいい、物分かりのいい女。
本心を隠した笑顔の奥で、何度泣いたのだろう。

「俺は、お前には幸せになってもらわないと困るんだよ」
「……原田、さん」

口元にグラスを運ぼうとしていたナマエの手が不自然に止まる。
隣から向けられる視線を感じて首を捻れば、バーの仄かな明かりを受けた瞳が揺らめいていた。

「だがな。そんな泣きそうな顔で笑われるのは、もっと困るんだ」

本当に困るのは、こんなことを言われたナマエの方だろう。
眉尻を下げたナマエを見て、己の身勝手さに苛立つ。
だが、一度溢れ出た言葉は止まってくれなかった。

「別に土方さんの代わりにしろなんて言ってねえし、なれるとも思っちゃいねえよ」

俺にとってナマエの代わりはどこにもいないように、ナマエにとっても土方さんの代わりはどこにもいない。
そんなことは、ずっと前から百も承知だった。

「けどよ。利用することくらい、出来んだろ?」

手を伸ばし、カウンターの上に置かれたナマエの手に重ねた。
冷えた指先が小さく跳ねるのに、気付かなかったふりをする。

「好きに使えよ。雪村と組む仕事なら、言ってくれれば代わりに俺がやる。一人でいたくないなら、こうやって飲みに行く。……泣きたくなったら、その時は呼べよ。いつでも、どこにいたって、絶対に駆け付けるから」

ぐ、と手に力を込める。
すっぽりと包み込んでも余裕が残るほど、華奢な手だった。

「………どうして、」

微かな声が、鼓膜を揺らす。
飲み込まれた続きは言われずとも察することが出来て、思わず苦笑した。

「ん?何だ、覚えてないのか?」

どうして、一度振られた女に優しくするのか。
俺としても、全くもって理解に苦しむ話だ。
だが、そもそもが振られることを前提とした告白だったのだ。
今更何も変わらない。

「言ったはずだぜ。お前のことが好きだ、ってな」

もう一度告げた言葉に、ナマエが小さく息を飲んだ。

「何も、俺と付き合えなんて言わねえ。恋人らしいことだって、しなくていい」

これでは説得力もないかと、掴んでいた手を離す。
解放された手を見下ろしたナマエは、何を思うのか。
俯いた顔から、表情を読み取ることは出来なかった。

「ただ、もうあんな風に笑ってほしくねえだけだ。もっと、幸せそうに笑ってほしいだけだ」

ゆるり、と顔を上げたナマエは、少し泣きそうな顔をしていた。
もちろん、泣き顔が見たいわけじゃない。
でも、それを押し殺した笑みよりは、その方がずっと良かった。

「だから、使えるもんは使っておけよ。……な?」

今は、泣いてもいい。
それでもいつか、心から笑ってくれるならば。
今は、泣いてもいいんだ。

「あーー………、悪い」

今にも決壊してしまいそうなほど濡れた瞳に、込み上げる衝動。
つくづくどうしようもないと前髪を掻き毟ったが、到底抑え切れそうになかった。

「……一つだけ、前言撤回してもいいか?」

え、と瞬いたナマエの瞳から、ついに涙が零れ落ちる。
伸ばした手は、反射だった。


「一度でいい。抱きしめさせてくれ」





笑ってよ、俺のために
- そしてどうか、俺のために泣いて -





あとがき

サナ様へ

お、お待たせしてしまって申し訳ありませんでしたあああ!!! ほんと、スライディングで土下座です。遅くなってすみません(>_<)
頂いたリクエストは、左之さんが一度ヒロインを諦めたけどやっぱり諦めきれなくて……という切ない設定でしたので、こんな感じになったのですが、いかがでしたでしょうか。勝手に土方さんを絡めてしまってすみません。左之さんには三角関係、しかも報われない立場が似合う、と勝手に思っております(笑)。でもでも、このあと、きっとヒロインちゃんは徐々に左之さんに惹かれていって、最終的には幸せになるんじゃないかなあ、と。そんな気持ちで書きました。お気に召して頂ければ幸いです。
この度は、リクエストありがとうございました。これからもThe Eagleをよろしくお願いします(^^)









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