[11]それでもまた、明日がある翌日、宗像の隊葬式典もまた、小降りではあるが雨だった。
本部グラウンドに、青い制服を纏った全隊員が集う。
「抜刀!捧げ、刀!」
号令をかけたのは、伏見だった。
宗像の死をもって、セプター4の全権は伏見に委譲された。
今朝、泣き腫らした目をした淡島に室長代理と呼ばれ、伏見は思わず舌打ちを漏らした。
それ以降、特務隊の面々は以前と同様に伏見を伏見さんと呼ぶ。
それでいいと思った。
今は何も考えられへんやろ。
それはしゃーない。
せやけどな、立ち止まったままじゃおられへん。
色々思うところはあるやろうけど、今の吠舞羅はセプター4の敵やない。
何かあったら言い。
アンナも俺も協力する、約束や。
昨日、宗像の遺体を屯所に連れ帰った草薙は、伏見が戻るのを待っていた。
伏見はほとんど何も言えず、ただ、頷くことしか出来なかった。
草薙はそんな伏見の背中を叩き、帰って行った。
式典が終われば、遺体は家族のもとに返される。
宗像の死は、伏見の作成する死亡報告書の一枚でしか残らない。
王と呼ばれ、王として振る舞い、立っていた。
そんな宗像も、ただの人間だったのだ。
そう、宗像礼司は人間だった。
ごく普通の家庭に育ち、学校で勉強し、友人を作り、人を好きになる。
そんな、普通の青年だった。
重苦しい雰囲気だけを残して、グラウンドから人が立ち去って行く。
最後に残ったのは、伏見とミョウジだった。
煙草を取り出したミョウジを見て、伏見は黙って右手に力を集める。
だが、そんな伏見の目の前で、ミョウジは胸元から煙草に続きライターも取り出した。
ライターがない、といういつもの科白が大抵の場合嘘なのは、伏見も知っていた。
だが、ミョウジが伏見の前でライターを使うのは初めてだった。
伏見の力を必要としないまま、煙草に火が灯る。
昨日までと、これからと、もう何も同じではないのだと、思い知らされた気がした。
「………ごめんね、」
赤の力を体内に戻した伏見の前で、ミョウジが静かに微笑む。
何がと聞く前に、ミョウジは伏見から視線を逸らした。
「利用、してた。ずっと」
胃の中に鉛を落とされたように、身体の中心が重くなる。
伏見は何も言えず、濡れた地面に視線を落とした。
「こうなるって、分かってた。それでも礼司から離れられなくて、でも一人で受け止める覚悟もなかった」
自嘲気味な声で、ミョウジが言葉を並べていく。
そこには、伏見の知らなかったミョウジの強さと弱さがあった。
「……あんたは、俺が憎いですか」
伏見が顔を上げる。
だが、視線は交わらなかった。
「ううん。憎んでない。恨んでもないよ」
宗像はどこか、周防尊に似ていた。
そしてミョウジは、櫛名アンナに似ている気がした。
ミョウジの指が煙草を離すと、それは地面に落下してすぐに濡れる。
ミョウジは再度制服の内側に手を差し入れ、煙草をもう一本取り出した。
その煙草にミョウジがライターで火をつける前に、伏見は瞬時に力を発現させるとその先端を燃やした。
驚いたミョウジが息を吸い込み、煙草に火がつく。
ミョウジの視線が、ようやく伏見を捉えた。
「……利用、すればいい」
「え……?」
見開かれた目を、伏見は真っ直ぐに見下ろした。
セプター4に、宗像に良く似合う、綺麗な青い瞳だった。
「あんた、ずっと気付いてたんでしょう?」
伏見の中から、周防尊の力は消えない。
同じように、ミョウジの中からも宗像礼司の力は消えないのだ。
「笑ってくれて、いいですよ。馬鹿だって、思えばいい」
伏見は、周防が死んだ日に宗像へと突き付けた科白を思い出す。
自分で選んだのだ、と。
あの時は、王が死んでもなおその力がクランズマンに残ることを憐れむような言い方をした宗像に腹が立ったから言い返しただけだった。
「これからも、好きな時に好きなように利用して下さいよ」
クランズマンにだって、意思はある。
そんなところまで、王が支配しているわけではない。
そう告げると、宗像は少し驚いたような顔をした。
今思えば宗像は、随分と不器用な人間だった。
「それともあれですか。命令だって、言えばいいんですか」
伏見は初めて、宗像の遺したセプター4を守りたいと思った。
目元が赤くなるまで泣いた淡島のために、震える手でサーベルを掲げた特務隊の面々のために。
煙草を指に挟んで、泣きそうな顔で少しだけ笑ったミョウジのために。
そして、陰険で悪趣味で、胡散臭い笑顔と面倒臭い言動ばかりだった、でも誰よりも不器用な愛に溢れていた、宗像のために。
「………鬱陶しいんで、いい加減泣き止んでくれませんかぁ」
伏見は降り続ける雨を見上げ、かつての上司に文句をつけた。
それはすみませんと、悪びれる様子もない謝罪が聞こえた気がした。
どうか幸せに、ナマエ。
宗像の最期の言葉を、いつか、ミョウジに伝えたいと思った。
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