[12]もしもそんな世界があったならば
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「なんだ、随分早かったな」

煙草を咥えた男は、さも意外だとばかりに眉を寄せた。

「元はと言えば貴方の所為でもあるんですよ」

その男の隣に腰を下ろし、宗像はわざとらしく溜息を吐く。
男はふんと鼻を鳴らし、赤い髪を乱暴に掻き混ぜた。

「貴方の我儘に付き合わされた所為で、私は、」
「宗像ァ。文句なら聞いてやるからその気持ち悪い喋り方はやめろ」

地を這うような男の声に、宗像はくすりと喉を鳴らす。

「相変わらず品がないな、周防尊」
「てめーは相変わらず慇懃無礼だな、宗像礼司」

懐かしいやり取りに、宗像と周防は揃って唇の端を持ち上げた。
宗像が煙草を取り出して口に咥えると、周防が黙ってその先端に火をつける。
その所作を、宗像は複雑な心持ちで見ていた。
しばらく互いに無言で煙草を吸っていたが、珍しくも先に口を開いたのは周防の方だった。

「他の奴らは無事なのか」
「……ああ、誰も死んでいない」
「死んでない、ね」

宗像の横顔を盗み見て、周防は盛大に煙を吐き出す。

「……大丈夫だ。伏見君も、淡島君も、秋山君たちもいる。セプター4は崩れない」

真っ直ぐに視線を合わせてきた宗像に、周防は唇を歪めた。

「女はどうした」

そう問えば、宗像が小さく息を飲む。
は、と周防が喉の奥で笑ってやれば、宗像は途端に苦虫を噛み潰したかのような顔をした。

「バレてないとでも思ってたのか。うちの参謀を舐めるな」
「草薙出雲か。全く、厄介な男だ」
「最期に世話んなったんだろうが」

周防が先に、短くなった煙草を押し付ける。
火が消える様を眺めながら、宗像は意識してゆっくりと息を吸い込んだ。

「彼女も、大丈夫だ。伏見君がいる」
「……おい。てめー、他の男に押し付けてきたのか」
「その言い方はやめろ。不愉快だ」
「何がだ。その通りだろうが、大した男だな」

とん、と宗像が煙草を灰皿に押し付ける。
ぐしゃりと潰れた吸殻を見て、宗像は自嘲した。

「……そうだな」

返ってきた言葉に、周防は押し黙る。
生前、二人の間では口喧嘩など日常茶飯事だった。
だが、面倒になった周防が強引に切り上げるのが常で、宗像を言い負かしたことなどなかったのに。

「……てめーのやりたいように、やったのか」

殊勝な相槌は、心底気味が悪かった。

「ああ、そうだ。俺は、守りたいものを守っただけだ」
「それは、王としてか?」
「違う」

宗像が、真正面を見据える。

「宗像礼司、個人としてだ」

周防から見たその横顔は、なるほど確かに綺麗だった。

「だったらいいじゃねーか。それともなんだ、伏見に妬いてんのか」

くく、と喉を鳴らせば、宗像の鋭い視線が飛んで来る。
それは雄の顔だった。

「あんなガキに負けるたぁ、てめーも大したことねえなぁ、宗像?」
「……喧嘩なら買うぞ、周防」

好戦的な視線が交わる。
しかし、宗像が無意識のうちに左腰に手を伸ばし、だがそこに何もないことに気付いたところで、二人は同時に苦笑した。

「まあ、あとはのんびり眺めてろってことだろ」
「………見たいような見たくないような、複雑な心境だな」
「諦めろ、罰ゲームみたいなもんだ」
「全く、お前という男は……」

宗像は眉を下げ、諦めたように煙草をもう一本引き抜いた。
周防も同様に煙草を口に咥え、それぞれに火をつける。

「伏見君が、同じことをしていたよ」
「……そうか」

二本の煙が、ゆっくりと立ち昇った。

「十束がそろそろ帰って来る。騒がしくなるぞ。こっちでもカメラに凝ってるみたいでな」
「……心霊写真か」

洒落にならないと言いながら、宗像は笑う。
それにつられ、周防も呆れたように喉を鳴らした。

「酒は、草薙が来るまでお預けだ。お前も我慢しろよ」
「俺に付き合う義理はない」

そう言いつつも、宗像は一体何年後だと溜息を吐いた。

うんと、ずっと先であれば、いいと思う。
ミョウジも伏見も、淡島も、特務隊の隊員たちも。
宗像が守りたかった全てが、少しでも長く幸せであるといい。

「………周防、」

先は、長い。
長くなければならない。

「野郎三人なんて、堪ったもんじゃねえがな」
「同感だ。だが、」
「まあ、仕方ねえな」

そう言って二人は、空のグラスを小さくぶつけた。



もう、雨は降っていないはずだ。





君に幸あれと願う
- ここでずっと、見守っているから -




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