[8]別れの日に捧げた刀
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その日の訪れは、誰が想像していたよりも早かった。

それは、朝から色の濃い雲が空一面を覆った日だった。
ベータクラスが十二という、かつてない規模の出動。
ストレイン大量発生の裏には、当然のごとく緑の影。
その日宗像は、本当に久しぶりに最前線に立った。
淡島の制止など聞かず、現場となったビルに突入。
仕掛けられた罠を逆手に取って、宗像は伏見と共にjungleの中枢を破壊した。
大掛かりな作戦となれば、それだけ隙も大きくなる。
宗像はずっと、それを待っていたのだ。

それが、最初で最後のチャンスだと、知っていた。


ストレインを一掃した伏見はサーベルを納め、頭上を振り仰ぐ。
測定器を確認するまでもなく、ダモクレスの剣は限界を物語っていた。
恐らく誰もが、理解しているのだろう。
皆が宗像を見ている。
だが誰も、言葉を選べなかった。
その場から動くことも出来なかった。
ボロボロになった剣の下で、王は常と変わらぬ笑みを浮かべる。
その視線が向けられるのを感じ、伏見は目を伏せた。

「……総員、退避しろ」

誰にともなく、そう命じる。
だが、声が小さすぎて届かない。
伏見は大きく息を吸い込み、怒鳴った。

「総員退避だ!至急この場から離脱しろ!」

右手を振り上げる。
一拍の間を空けて、最初に反応したのは特務隊の面々だった。
秋山から剣機各小隊長に退避命令が飛び、隊員たちが人員輸送車に駆けて行く。
誰もが一度、宗像を振り返った。
車両が次々と慌ただしく発車し、その場には特務隊だけが残る。
例外は、情報車から降りて来たミョウジだった。

「……ミョウジ、」

命令だと、言わなければならなかった。
だが伏見には、絞り出した声で名前を呼ぶことしか出来なかった。

薄暗い空がついに決壊し、雨粒が落ちてくる。
雨の嫌いな伏見はその時、人生で初めて雨が降って良かったと思った。
髪が、頬が、隊服が、次第に濡れていく。
宗像の頬も、ミョウジの頬も濡れていた。
皆が見守る視線の先、二人が黙したまま向かい合う。
宗像の顔からは笑みが消え、どこか申し訳なさそうな表情が浮かんでいた。
ミョウジの唇が微かに動いたが、伏見には、そして恐らく宗像にも、その声は雨音に消されて届かなかった。
やがてゆっくりと、ミョウジが踵を返す。
伏見はミョウジに近寄り、その腕を引いた。
何も言えなかった。
ただ黙ってミョウジを歩かせ、最後に一台残った指揮車に押し込んだ。
ドアを閉めるその瞬間まで、伏見は一度もミョウジの顔を正面から見られなかった。

「総員、儀礼抜刀!」

ドアを閉め振り返ったところで、淡島の号令が耳に届く。
その声は震えていた。
一列に並んだ特務隊の面々が、一人ずつサーベルを抜いていく。
最後に淡島が抜刀し、九本のサーベルが掲げられた。
伏見は抜かなかった。

「後は、任せましたよ」

その対面で、宗像は穏やかに微笑む。
伏見はゆっくりと歩み寄り、端に立っていた日高の肩を叩いた。

「行け」

誰にも、事前に伝えられてはいなかった。
だが、全員がこの後に起こることを理解していた。
各々がサーベルを納め、宗像に一礼してから背を向ける。
何度も振り返りながら指揮車へと向かう後ろ姿を、宗像と伏見は黙って見送った。

雨足が、徐々に強くなっていく。
やがて指揮車が動き出し、その場には二人だけが残された。






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