[7]王様と家来の約束
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「……なに、言って……」

数秒の沈黙の後、伏見が命令を聞き返す。
だが、聞き取れなかったからではなかった。
理解出来なかったからでもなかった。
信じたく、なかったからだ。

「私を殺して下さいと、お願いしています」

自分が殺す、ということに対してではない。
宗像が、本当に最期を迎えることに抵抗するつもりがないのだと知ってしまったからだ。

「………なんで、……なんで、生きようとしないんですか。セプター4なんか、王様なんか辞めてっ、あの人と一緒に、生きろよ!幸せに、してやれよ……!」

激昂し、伏見はデスクに両手を叩きつけた。
身を乗り出して宗像を睨み付けると、そこでようやく宗像の表情が少し動いた。
張り付けたような笑みが、情けないような苦笑に変わる。

「伏見君。私は王です」

それでも、紡がれる言葉は変わらなかった。
伏見の盛大な舌打ちが響く。

「ねえ、伏見君。私は、大丈夫だと思っていますよ」
「……何がですか」

一歩下がって宗像を睨み付けたまま、伏見が地を這うような声を出す。
宗像は両肘をデスクにつき、手を組んだ。

「君がいます。ナマエのために、そこまで怒りを露わにした。ずっと、好きだったのでしょう?」

何度目かの舌打ちが、伏見の唇から漏れる。
それと同時に顔を背け、伏見は壁を睨んだ。
しかし、最低ですねと罵る前に宗像は背凭れに身体を預け、今度こそ穏やかに微笑んだ。

「私がいなくなった後、ナマエをよろしくお願いします」

はっと、伏見が宗像に視線を戻す。
柔らかく細められた紫紺の中に、嘘は見つからなかった。

「………あんた、馬鹿なんですか。誰が……、誰が自分の大切な人間を殺した男とよろしくやるっていうんだよ……っ」

本当に、伏見が宗像を殺すことになったならば。
ミョウジは伏見を許さないだろう。
いや、もしかしたら、事情を理解してくれるのかもしれない。
たとえば櫛名アンナのように、憎んではいないと、そう言うのかもしれない。
だがどちらにせよ、もうこれまでのような関係には戻れない。
宗像がいなくなったとて、ミョウジの隣に伏見が立つことは一生ないだろう。

宗像は、伏見の怒鳴り声に対し、何も答えなかった。
ただずっと、最低だと吐き捨てる伏見を見ていた。

「………俺が、あんたを殺せばいいんでしょう。分かりましたよ」

最終的に、伏見は下された命令に対しそう答えた。
宗像も、それ以上は何も言わなかった。
代わりに、デスクの上にあった書類を一枚取って伏見に手渡す。
そこには、宗像亡き後、伏見に室長代理を任せる旨が記されていた。

「厄介事、全部押し付けて死ぬ気ですか」

伏見の手の中で皺の出来た書類を見やり、宗像は苦笑する。

「君にならば、任せられると思いました。だからあの日、周防の下から君を連れ出したのですよ」

もう、何年前のことだろうか。
思い出したくもない懐かしい話をされ、伏見は目を眇める。

「……つくづく、嫌な王様ですね」
「褒め言葉として受け取っておきましょう」

宗像は、一体いつからこうなることを予想していたのだろう。
何手先を読んで、行動していたのだろう。
伏見には分からなかった。

「伏見君」

書類を手に踵を返したところで呼ばれ、伏見は緩慢に振り返る。
伏見の視線の先、宗像は優雅に椅子から立ち上がった。

「ありがとうございます」

宗像の唇が、確かに弧を描く。
それは、いつもとは異なる色を孕んで伏見の中に落ちた。

返す言葉を見つけられず、伏見は押し黙る。
そんな伏見を見て、宗像は優しく微笑んだだけだった。




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