[5]あなたが戦う理由
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國常路大覚の死、つまり黄金の王の不在は、セプター4にとって由々しき事態だった。

宗像が御柱タワー並びに石盤を管理下に置いたことにより、事実上黄金のクランもセプター4の傘下に入った。
それにより、これまでは面倒だった諸手続きが簡易化されたというメリットはある。
だが、黄金の王の不在は即ち、七王のバランサーがいないということだ。
これまでは各クラン間の抑止力となっていた黄金の王がいない今、一二◯協定などあってないようなもの。
赤と青の関係は以前に比べ若干友好的になったが、代わりにセプター4は緑のクランjungleとの対立を強めていた。
セプター4に、その意思はない。
以前からjungleに対しては注意深い監視の目を向けていたが、決して対立するつもりなどなかった。
しかし、どうやら相手にとってはそうもいかないらしい。
御柱タワー襲撃事件を機に表の世界へと這い出してきたjungleは、セプター4に対して物理的な攻撃を仕掛けてくるようになった。
直接、クランズマンによる襲撃があるわけではない。
しかし、各地で多発するストレインの暴走の裏には、必ず緑の力が働いていた。


「進捗状況は?」

情報室に足を運んだ伏見は、背後からミョウジに声を掛けた。
モニターに向き合っていたミョウジが振り返る。
その表情から、状況があまり芳しくないのは明らかだった。
伏見はミョウジに、jungleのアプリの構造を解析するよう命じている。

「トラップだらけでどうにも」

そうだろうなと、伏見は納得する。
以前、まだ吠舞羅に入る前に、伏見は一度jungleに喧嘩を吹っかけて完膚なきまでに叩き潰されたことがある。
伏見にとっては、思い出したくもない屈辱的な記憶だ。
しかしあの頃の未熟な思い上がりを別にしても、やはりjungleは厄介な相手だった。
御柱タワーの強固なセキュリティでさえ、時間がかかったとはいえ突破されたのだ。
こちらの侵入を容易に許すはずもなかった。

「今抱えてる案件が片付いたら手伝うんで、」
「うん。何とか頑張ってみる」
「……あの、」
「ん?」

目の下に隈を作ったミョウジに、伏見は思わず言葉を足した。

「気持ち、分からないとは言いませんけど、焦らないで下さいよ」

何を恐れているのか。
何のために尽力しているのか、伏見は知っている。

「焦ると罠に掛かります。慎重に」

それでも、無理はして欲しくなかった。
それは、伏見のエゴだ。

「……うん、分かった」

笑みを浮かべたミョウジを見て、伏見は踵を返す。
やらなければならないことは、山のようにあった。
セプター4の通常業務に加え、今は御柱タワーの管理やセキュリティの再構築など、仕事内容は倍以上に膨れ上がっている。

「伏見」

部屋を出ようとしたところで呼び止められ、伏見は振り返った。
モニターを背にしたミョウジと、目が合う。

「伏見も、無理しちゃ駄目だからね」

その青い瞳の中に心配そうな翳りを見つけ、伏見は微かに笑った。
俺の心配なんかしてる場合じゃないでしょう。
そう言い掛けて、だがやめた。
卑屈になっても仕方がない。
ミョウジを困らせたいわけでもない。
子どものような我儘で、気を引けるとも思っていない。

「……分かってますよ」
「ほんとに?ちゃんとご飯食べてる?」

きちんと休みを取れ、夜はしっかり寝ろ。
伏見の常識にはないが、まるでどこぞの母親みたいな台詞を並べ立てられ、伏見は溜息を吐く。
その台詞を、そっくりそのまま返してやりたかった。

「ああもう、分かってますから」

投げやりになってそう返せば、ミョウジがくすりと楽しげに笑う。
結局その表情だけで、全てがチャラだ。
ずるい話なのか、惚れた弱みなのか。
伏見は軽く舌打ちし、今度こそ情報室を後にした。


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