[4]どうか少しでも長く
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「室長、伏見です」

室長室のドアをいい加減にノックし、返答も待たずに押し開ける。
そんな、伏見にとっては当たり前の行動を、しかし今回ばかりはすぐさま後悔する羽目に陥った。
常のように悠然と微笑む宗像を予想していたのに、今回その姿はデスクの向こうに存在せず。
さっと視線を走らせた伏見の視界の中、宗像は畳張りの茶室に座っていた。
しかし、また仕事中に茶なんて、という文句は、宗像の膝の上に乗っているもののせいで伏見の口の中に消えた。

「……邪魔、しましたか」

宗像の膝枕の上、そこにはミョウジが眠っていた。
ミョウジの上に掛けられているのは、宗像の上着だろう。
シャツとベストだけの姿で、宗像は苦笑した。

「いえ、構いませんよ。少し疲れていたみたいで、寝てしまいました」

伏見が気付いているということに、気付いているのだろう。
宗像は特に何の誤魔化しも言い訳もせずあっさりと事実を認め、ミョウジの髪を優しく撫でた。
ちくり、と伏見の胸の奥に棘が刺さる。

「無理させてんのは室長なんじゃないですかぁ」

だがそれを悟られるわけにはいかず、伏見はいつも通りの口調で二人から視線を逸らした。
二人きりでいる姿は、何度か見たことがあった。
だが、このように触れ合っているところを見たのは初めてだった。
なるほど良く似合うと、そう感じてしまった自分に腹が立つ。

「おや、痛い所を突かれましたね」

普段と変わらない飄々とした声で、しかし宗像は本当に申し訳なさそうな顔でミョウジの頬を指でなぞる。
疲労の原因など、言うまでもないだろう。
いつになるかは分からない、だが近いうちに必ず訪れる最期を待つということは、どれほどの苦痛を伴うのか。
伏見には、想像してみることしか出来なかった。

「昨日捕縛したストレインの調書です。こっちに置いておくんで、後で確認して下さい」

伏見はそう言って、手にしていた書類を宗像のデスクに乗せた。
本当はベータクラスとコモンクラスのストレインだったが、書類上ではコモンクラスが二体となっている。
宗像への提出用に虚偽の書類を作成したのは伏見自身だ。
事実が書かれた報告書は、淡島の手にある。
そしてそれを宗像が見ることはないだろう。

「分かりました、ご苦労様です」

規律に厳しく融通の利かない淡島でさえ、宗像に力を使わせない、という伏見の提案に頷いたのだ。
淡島と伏見、特務隊、そしてミョウジを含む情報課の隊員たちの間でだけ交わされた約束。
ヴァイスマン偏差が下がることはない。
だが、力を使わなければ上がることもない。
極力宗像を現場に出させないようにすることで、残された時間は長くなるだろう。
そうすればきっと、こんな時間も増えるのだろう。
伏見は、目の前で繰り広げられる柔らかな光景を見て、これでいい、と決意を新たにする。

「……おや、起きましたか?ナマエ」
「…ぅ……ん……、れいし……?」

そう、これでいいのだ。
伏見は無言のまま軽く一礼し、室長室を後にした。


伏見が特務隊の執務室に戻ると、室内にいた淡島と秋山が揃って振り返り、窺うような視線を向けて来た。

「大丈夫ですよ。何も聞かれてないですから」

そう答えると、二人はあからさまに安堵したように表情を崩す。
しかし三人とも、ずっとこのままでいられるとは思っていなかった。

「……草薙さんからは、何か聞けたんですか」
「いいえ。有力な情報はないわ」

石盤の仕組みは未だ解明されていない部分が多く、未知の領域だ。
宗像を死なせずに済む方法が、誰にも分からない。
伏見たちに出来ることはただ、少しでもその力を使わせないようにすることだけだった。






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