[3]日常が綻びを見せた時
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"緊急出動、緊急出動"

聞き慣れたサイレンが鳴り響く。
スピーカーから流れてきた音声に、伏見は作業の手を止めた。
執務室に詰めていた特務隊の面々が弾かれたように立ち上がる中、伏見は電話の受話器を持ち上げる。
連絡先は、情報室だ。

「相手は?」

回線の向こう側には、ミョウジ。

『ベータケースよ。ベータクラスが一、コモンクラスが一』

上がってきた報告に、伏見は小さく舌を鳴らした。
ベータクラスのストレインがいる場合、もしくはコモンクラスが三体以上の場合、それはベータケースと呼ばれ、すなわち宗像の出動を要する。
これまでならば、それが判明した時点で宗像へと連絡が行くようになっていた。
だが今は、そうしない理由が、そうしたくない理由がある。

「……室長には、コモンが二匹だと報告を。副長もいないから、指揮は俺が執る」
『………分かった』

サポートは任せる。
そう告げて、伏見は受話器を置くと立ち上がる。

「コモンが二匹、ということにした。気を抜くなよ」

集まった視線にそう返せば、特務隊のメンバーが表情を引き締めて頷いた。


気付いたのは、jungleによる御柱タワー襲撃事件の直後だった。
元々、学園島で宗像が周防を殺害した時から、危惧はしていた。
それが現実のものとなったことを、伏見はその目で確かに見た。
空に浮かぶ青い剣に、損傷を見つけたのだ。
最初は、ほんの僅かな亀裂だった。
だが、時を重ねていくにつれ、その傷が少しずつ広がっているのは間違いなかった。
当然伏見は宗像のヴァイスマン偏差を測定した。
結果は案の定、宗像が王となってから一度も揺らぐことのなかった数値が、初めて乱れていた。
それに関し、宗像は何も言わなかった。
だが、ダモクレスの剣は何よりも雄弁に王の状態を物語る。
出動の度頭上に掲げられる剣が日増しに損傷していることは、次第に誰の目にも明らかとなった。

伏見が最初に案じたのは、宗像の体調や心情でもなければ、ましてや青の王としての行く末でもなかった。
遠からず訪れる宗像の最期を知ってしまった、ミョウジのことだ。
ミョウジが事前に宗像から何か話を聞いていたのか否か、伏見には分からない。
だが、剣の状態が悪化し続けている今、ミョウジが気付いていないということはあり得ない。
ダモクレスの剣に限界が来れば、それはすなわち王の死を表す。
赤の王、周防尊がその剣を落したように、宗像もまた、このまま行けば剣を落とすことになるだろう。
王殺し、御柱タワーでの比水流との戦闘、そしてその後のjungleとの対立。
最初は微々たるものだった宗像のヴァイスマン偏差の狂いは、やがて無視出来ないほど確かな数値となって突き付けられた。


「気付いてるんですよね」

ちょうど、周防尊の死から一年が経った頃だった。
その日も相変わらず、就業中に伏見はミョウジに連れられて屋上へと上がり、煙草休憩に付き合っていた。
冬の澄んだ空気に立ち昇る煙を眺めながら、伏見はそう訊ねてみた。
返ってきたのは沈黙だったが、それは肯定に等しかった。

「……俺なんか誘わずに、あの人ともっと一緒にいればいいんじゃないですかぁ」

口をついて出た言葉は、ひどく自虐的だった。
そもそも、誘いを断れない時点で伏見の言葉に説得力はない。
純粋な恋心かと聞かれれば返答に多少戸惑うとはいえ、それでも好いた人だ。
伏見にとって、ミョウジと共にいる時間、その理由が何であれ声を掛けてもらえるということ、それらは貴重だった。
だが同時に、罪悪感に似た感情も抱いているのだ。
恐らくもう、宗像はそう長くない。
残された時間は限られている。
せめて少しでも一緒にいればいいのにと、そう思っていることもまた事実だった。

「あの人も喫煙者だって、知ってるんでしょ」

元々、平気で就業時間中にサボる男だ。
今更煙草の一本や二本を咎めはしないだろうし、それどころか喜んで休憩に付き合うだろうに。

「………嫌なこと、思い出すかなあって、」

苦笑と共に返された言葉に、伏見は眉を寄せる。
何を、と聞かずとも、言葉の意味するところはすぐに察することが出来た。

「…あんたもしかして、あれから室長の前で吸ったことないんですか」
「まあ、元々そんなに吸う方じゃないしね」

そうですか、と返した声がひどく幼稚に聞こえて、伏見は自嘲する。
口先で何を言おうと、結局は期待していたのだと思い知らされた。
ミョウジが、宗像ではなく伏見に声を掛ける理由。
ライターの代わり、というあからさまな言い訳の奥に、特別な何かを求めていた。
しかし実際は、全て宗像のためだった。
分かっていたはずの事実が、伏見の胸を突き刺した。


宗像を騙してまで、青の王の力を極力使わせないようにすると決めたのは、この直後だった。
それは、宗像のためではない。
セプター4のためでも、この世界のためでもない。
少しでも長く、ミョウジが宗像の傍にいられるように。
ただ、それだけのためだ。







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