[2]隣に立つ男
bookmark


その後、ミョウジの言う「また忘れたら」は幾度も繰り返された。

伏見は非喫煙者なので正確には分からないが、それでもここまでの高頻度でライターを忘れたり紛失したりするものだろうかと疑うのに時間は掛からなかった。
しかしこれまで、ライター代わりとなって赤の力で火をつけることを断ったこともなかった。
伏見は毎回、またですかと呆れた口調で罵り、それでも律儀に火をつける。
それに対し、ミョウジは軽い調子で謝ってみせる。
そんなやり取りが日常になり、当たり前になった。


煙草が短くなったところで、ミョウジが静かに青の力を発現させる。
淡い光が急速に集まり、ミョウジの指先に挟まれた煙草を包み込み、そして次の瞬間には煙草ごと粉々になって霧散した。
それが、ミョウジが煙草を吸い終える時の癖だ。
伏見は毎度、律儀にその妙な儀式を見届けるまで傍に立っている。
そして、青の力が消えるとその場から立ち去る。
伏見の中の、勝手なルールだ。

「……じゃあ俺行きますんで」
「うん、ありがとね。おやすみ」

ミョウジが煙草を吸う、約四分間。
会話はあったりなかったり、その時々によって様々だ。
仕事の話をすることもあれば、ミョウジが一方的に他愛のない話をすることもある。
互いに無言のまま、煙草が青に包まれて消えることもある。

いつからだろうか。
寮への道すがら、伏見は考える。
いつから、この四分間を大切に思うようになったのだろうか。

最初は、妙な女だと思った。
何度もライターがないからと駆り出され、面倒臭く思ったこともある。
だが、億劫だ、自分でどうにかしろ、そもそも俺はライターじゃない、そんなことをいくら思ったとて、頼みを断ったことは一度もなかった。
いつからか、もしかすれば最初から、何かが伏見の琴線に触れていたのだろう。
声を掛けられることを、喜ぶ自分がいることに気付いた。
例え煙草に火をつけるためだけの用件だとしても、頼られれば嬉しかった。
周りの連中のように下手に気を遣ってくることもなく、かといって馬鹿にすることもなく、自然な態度で接せられることに戸惑いながらも、いつからかその時間に安らぎを見出していた。

「……は……っ、馬鹿かよ、」

無理を言ってもぎ取った一人部屋に辿り着き、その無理を押し通した上司を思い出して、伏見は浮ついた思考を吐き棄てる。
青の王、宗像礼司。
伏見を吠舞羅から引き抜いた張本人であり、セプター4を統べる男。
その宗像が、ミョウジナマエの恋人だ。

伏見がそのことに気付いたのは、かなり早い段階だった。
それこそ、自身の感情に気付くよりも先だった。
宗像もミョウジも、堂々と関係を公言しているわけではない。
公私混同も見受けられない。
だが、徹底的に隠している、ということもなかった。
だから、伏見ほどの洞察力があれば、時間の経過とともに自然と気付けた。
恐らく伏見以外にも、特務隊の何人かは気付いているのだろう。
だが、その関係が屯所内に広まることはなかったし、当然問題になることもなかった。
宗像とミョウジ、室長と情報課の平隊員。
もし末端の隊員が知れば下世話な噂が流れるかもしれないが、職場恋愛を禁じていないセプター4においては何一つ問題などないのだ。

情報課のデータベースから、伏見は宗像とミョウジが大学時代の同窓だと知った。
宗像が石盤に喚ばれ王になった直後、ミョウジもセプター4に入隊している。
就職の動機を聞いたことはないが、宗像の存在が理由になっていることは確実だろう。
宗像のためにと自ら選んだのか、それとも宗像に請われたのか。
どちらにせよミョウジは、長年宗像の傍に立っている。

「……勝ち目もクソもねえよ」

そもそも伏見自身、生まれた感情を持て余しているのだ。
周囲と交友関係を築くことが嫌いだった伏見はこれまで、人を、女を好きになったことがなかった。
八田のことを童貞だ何だと揶揄しているが、実は伏見も人のことを言えたものではない。
この感情に下らない名前を付けるならばそれは初恋なのだろうと、伏見は薄々気付き始めていた。
しかし、その時点ですでに相手には恋人がいた。
宗像は、伏見から見れば性格は大いにひん曲がっているが、それ以外は規格外にハイスペックな男である。
宗像と自身とを比べて、伏見は己の方が優れている点をほとんど見つけられなかった。
顔立ちや身長といった外見的要素、立場や収入といった社会的要素、どれをとっても宗像には敵わない。
唯一、性格に関しては宗像にも欠陥があるように思えるのだが、生憎と伏見もそれに関しては負けず劣らずの歪み方だ。
結局、伏見が勝てるのはPCスキルくらいのもので、当然だが男女の関係においては全く意味をなさない特技である。

だから伏見は早々に、ミョウジとどうにかなりたい、という雄の願望を捨て去った。
どうにかなりたいと願っても、どうにもならないのだ。
二人の幸せを願う、だなんて安っぽいメロドラマみたいなことは言わない。
少なくとも、宗像の幸せなど伏見はこれっぽっちも願っていない。
だが確かに、ミョウジには笑っていて欲しいと思うのだ。
宗像と二人きりで過ごす時に、ミョウジがどんな風に笑うのか、伏見は知らないけれど。
それでも、幸せそうに笑っているならばいいと思う。
そして伏見に対しても、ごめんライターない、と悪びれる様子もなく口先だけで謝って、笑いかけてくれれば、それでいい。

欲は、ある。
もっと近付きたい、もっと頼ってほしい、もっと話してみたい、もっと色々なことを知りたい。
それらは無限に沸き上がる。
だが、宗像から奪いたいだとか、付き合ってほしいだとか、そんな欲ではないのだ、きっと。

「………そう、思いたいだけじゃねーのかよ」

ビニール袋から取り出したコーラは、少し温くなってしまっていて不味かった。



prev|next

[Back]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -