燻る熱は解放を求めばん、と常よりも荒々しい音を立てて扉が叩き開けられ、執務室にいた特務隊の面々は反射的に首を竦めた。
恐る恐る視線だけで振り返れば案の定、そこには般若のような顔をした伏見が立っている。
彼は先ほど、先日東管区で起きた事件をまとめた報告書を手に室長室へと赴いたはずだ。
つまり、何があったのかは一目瞭然。
「…………ミョウジ」
地を這うような低音で呼ばれたミョウジは、馴染んだ諦念に身を任せてキーボードから指を離した。
「どうしたんですか?またジグソーパズルですか?」
伝わると理解していて省いた主語は、室長は、だ。
「……その方がよっぽどマシだ」
眉間に皺を寄せた伏見は、苛立たしげに制服の襟元に手を突っ込み、火傷の痕を引っ掻いた。
ミョウジの隣に乱暴な仕草で腰を下ろし、気怠げな口調で事情を説明する。
ミョウジと、周囲で聞き耳を立てていた特務隊の面々は、伏見の話が進むにつれて顔を引き攣らせ、終いには無理矢理作り出した曖昧な笑みで唇を歪めるに至った。
「………つまり、ですよ」
こほん、と一つ咳払いをして、ミョウジが伏見を見遣る。
「室長は、黄金の研究所から送られてきたストレイン用の強力な手枷を自分の手に嵌めてしまい。唯一の解除方法は室長の指紋認証なのに、その認証部に指が届かない、と。そういうことですか」
そういうことだ、と肯定する伏見の声はどこまでも低い。
「で、七釜戸に連絡したら、ロックの解除に来てくれることになったんですよね?」
「ああ。だが、来るまでに二時間はかかるらしい」
二時間。
普段ならば大して長くも感じない時間が、今この時ばかりは不必要に長く感じられる。
「なにが大義のためだ。何で俺がそんな小っ恥ずかしいことを……」
手の使えない宗像に代わって七釜戸に事情を連絡させられた伏見が、ぶつぶつと低い声で文句を挙げ連ねる。
さすがのミョウジも、それに返す言葉を持ち合わせてはいなかった。
「……とりあえず、二時間だ。ミョウジ、室長がこれ以上騒ぎを大きくしないように見張ってろ」
放っておいたら事態を悪化させかねない、と。
伏見の命令に、ミョウジは苦笑を禁じ得ない。
「分かりました」
絶対に執務室から出させるなよ、という念押しを背に、ミョウジは部屋を後にした。
「おや、ミョウジ君」
ミョウジがノックの後に室長室へと足を踏み入れると、宗像がいつもの笑みで出迎える。
デスクにジグソーパズルが広げられていないことをその目で確認し、なるほど本当に手が使えないのだな、とミョウジは納得した。
「事情は伏見さんから聞きましたよ」
そう伝えると、宗像はレンズの奥で目を細めた。
そのまま、デスクの下にあった両手を持ち上げて見せる。
その手首には、見た目からして頑丈そうな手枷が確かに嵌っていた。
「全く……何をしてるんですか」
ミョウジが呆れながら近付けば、宗像は苦笑する。
「ええ。私としたことが、これはミスでした」
王の力で壊せないこともありませんが、流石に届いたその日に壊すわけにもいきませんし、と。
肩を竦めた宗像を見て、ミョウジは唇の端を小さく持ち上げた。
「……ミス、ねえ。……本当はそれ、狙ってたんじゃないんですか?」
「おや、それはどういう意味でしょうか」
ミョウジは何も答えることなくゆっくりとデスクを回り込み、宗像の腰掛ける豪奢な椅子の背後に立った。
「確かに、屈辱だと言わんばかりの表情で七釜戸に事情を説明する伏見君の顔は、見ていて非常に心が洗われるものでしたが、」
「違いますよ」
少しだけ、身を屈める。
そのままミョウジは、跳ねた髪の隙間から覗く宗像の左耳に小さく息を吹きかけた。
「こういう意味です………礼司さん」
ぴくり、と。
僅かに宗像の肩が跳ねる。
レンズの隙間から、紫紺の瞳が覗いた。
「屈辱だと言わんばかりの表情、ですか。是非見せて頂きたいですね?」
誰に、など、この状況では言わずもがな。
ミョウジはうっすらと笑い、そのまま宗像の耳殻に舌を這わせた。
宗像は咄嗟に身を捩ったが、椅子の肘掛けに邪魔をされ、逃れることは敵わない。
当然ながら手も使えないため、ミョウジを制することも出来なかった。
その間にもミョウジは、わざと音を立てて宗像の耳に舌を差し込む。
聴覚に直接響く水音に、宗像は瞼を震わせた。
「まっ……て、下さい、ナマエ……!」
上擦った宗像の声に、ミョウジはくすりと喉を鳴らす。
制止の言葉を丸ごと無視し形の良い耳朶を食めば、宗像の唇から吐息が漏れた。
「……全く、本当に何をしてるんだか。そんな状態じゃ、襲って下さいって言っているようなものですよ?」
宗像の制服の襟を寝かせ、露わになった首筋にも舌を這わせる。
艶やかな髪の毛を避けて皮膚を撫でれば、宗像の呼気が熱を増した。
「そういう、つもりでは……っ」
ありません、という宗像の言葉はしかし、柔らかく吸い付いてきた唇の前に立ち消える。
耳の付け根を甘噛みされ、宗像は漏れそうになった声を慌てて飲み込んだ。
「だったら、どういうつもりなんでしょうねえ」
普段、人形のように真っ白な宗像の肌が少しずつ赤くなっていく様を視界に収め、ミョウジは微笑う。
きつく噛み締められた薄い唇に指を差し込めば、宗像が熱のこもった吐息と共に小さな喘ぎ声を漏らした。
「もしかして、こういうプレイに興味があったんですか?」
「ちが……っ、」
「だったら早く言ってくれればよかったのに」
宗像の反論は、当然聞き届けられるはずもなく。
咥内に押し込まれた指で舌をなぞられ、宗像は背中を震わせた。
「伏見さん曰く、技術者の到着までは二時間ほどあるそうですよ」
それまで耳や首筋を舐めていたミョウジが、ゆっくりと顔を離し宗像を見下ろす。
レンズの向こう、熱に浮かされたように紫紺は滲んでいた。
「……さて、どうしましょうか。礼司さん?」
宗像の視線の先、そう言ってミョウジは赤い舌で唇を舐めた。
は、と吐き出した息の熱さを自覚して、宗像は腰を揺らす。
火をつけられた身体の中で、熱が蠢いていた。
続きを、と。
直接的に求めることは出来ず、宗像は目を伏せる。
代わりに、鍵は閉めて下さい、と返せば、すぐそばでミョウジの笑う気配があった。
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