いつかその日が来たならば[2]
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「室長、ミョウジです」

青雲寮の最上階、宗像の私室に足を運ぶ。
ドアをノックすれば、しばらくして苦笑顔の宗像が姿を見せた。

「ミョウジ君、私はもう室長ではありませんよ」

窘めるような内容だが、その口調に険しさはない。
宗像に促され、ミョウジはドアの内側へと足を踏み入れた。
部屋に通されれば、嫌でも目につく積み上げられた段ボール。

「ようやく私物の片付けが済みましたよ」

ミョウジの視線の先を辿った宗像が、どことなく寂しげに笑った。

一言にセプター4を解体するといっても、そう容易な作業ではなかった。
いくら宗像の意図したことではなかったとはいえ、隊員達にとってはあまりにも急な失業だ。
当然宗像には、その後のフォローをする責任があった。
それ以外にも、政財界への説明やら御前との会談、保管データの処理等後始末の内容は多岐に渡り、石盤の停止以降宗像を含めセプター4は多忙を極めた。
それらが先日ようやく片付き、書類上で以て隊員達は正式に戸籍課の課員としての肩書きから外れ、宗像もまた室長の座を降りた。

「……これ、忘れ物です」

ミョウジは私服のポケットから、ジグソーパズルのピースを一つ取り出す。
それは、宗像の執務室にあった唯一の忘れ物だった。
小さなピースを受け取った宗像が、ふふ、と笑う。
それは宗像が意図的に置いてきた、ホワイトパズルの一欠片だった。

「ありがとうございます。きっと君が持って来てくれると思っていました」
「やっぱりわざとですか。そんなことしなくても、呼べば来ますよ」

互いに予想通りとなった展開に、宗像は微笑みミョウジは呆れる。
ミョウジは宗像が何か言うのを待ったが、宗像は真っ白なピースを見つめるばかりだった。

「………これから、どうするつもりですか」

沈黙に耐え切れなくなり、先にミョウジが口を開く。
その声に、ようやく宗像が顔を上げた。

「さて、どうしましょうね」
「……どうしましょうねって、」

他人事のように宗像が首を傾げるので、ミョウジは呆れてしまう。
あれほど隊員達が次の就職先を見つけるための援助に尽力していたというのに、自分のことはどこまで後回しなのか。

「元々、王になる前の私は一介の大学生でしたし、就職活動もしたことがなくて。実は困っているのですよ」

全く困っていなさそうな口調で告げられ、ミョウジは盛大に溜息を吐き出した。
つくづく面倒臭い王様だ、と胸の内で毒付いたところで、もう目の前の男が王ではないことを思い出す。
唐突に終わった王の世界に、未だ慣れることは出来ていなかった。
だが確かに、ミョウジの身の内にはもう宗像から授けられた力はないのだ。

「この荷物はマンションに運ぶつもりなので、衣食住に困ることはないのですが。……これから、どうすればいいのでしょうね」

そう言って苦笑した宗像が、まるで進路に悩む学生のように見えて、ミョウジは戸惑う。
そして、その胸中がより困惑していることまでをも感じ取り、焦燥感のようなものが胸を突いた。

宗像は、王だった。
王という肩書きを背負っているだけではなく、王そのものだった。
それを失くした今、宗像には文字通り何も残っていないのだ。
あまりにも唐突に訪れた終焉、そして喪失。
我が子同然と称した隊員達を見送り、全ての責務から解放された宗像は、まるで脱け殻のようだった。

「……とりあえず、のんびり茶でも点ててパズルに勤しんだらどうですか。もう誰も仕事をしろだなんて言いませんよ」
「ふふ、そんなことを私に言うのは君と伏見君くらいのものでしたよ」

宗像は、笑っている。
しかしその目には揺らぎがあり、頼りなさげな印象ばかりが強かった。
そこにいるのは二十五歳の、ごく普通の青年だった。

「……そうですね。もう誰も、そんなことを言ってはくれないのですね」

硬質なレンズの奥、宗像の目がさして遠くもない過去を懐かしむように細められる。
せっかく大仰な立場から解放されたというのにこれでは何の意味もないと、ミョウジは遣り切れなさを募らせた。

「…………お望みなら言いますよ」

宗像のことが、嫌いだった。
うっすらと計算尽くの笑みを浮かべ、感情に左右されることなく、全てを俯瞰し超然たる態度を崩さない。
そんな宗像の姿が、嫌いだった。

「え?」

そして今、王の鎧を奪われた宗像を見て、新たに気付く。
そんな顔が、見たかったわけではない。
そんな、何もかもを諦めたかのような顔を、してほしかったわけではない。

「朝から、さっさと起きろって言って、パズルしてる暇があったら掃除しろって言って、茶が苦いって文句つけて、買い物に付き合えって手を引っ張って、さっさと風呂に入れって尻を蹴飛ばして、………一緒に寝ようって、言って、あげますよ」

ただ、心の底から、笑っていてほしかった。
ただ、それだけのことだった。

「……ミョウジ、君……?」

迷子になった子どもみたいに、情けない顔。
ああ、そんな顔も出来るのかと、ミョウジは思わず笑いそうになってしまう。
緩んだ口元に気付いたのか、宗像が不安げに瞳を揺らした。

「貯金、たっぷりあるでしょう?私もありますよ、使う暇がなくて給料なんて手付かずですし。それを元手に株でも弄れば、何とでもなると思いません?」

私、元々はそうやって生活してたんで、と。
そう言ってミョウジが笑えば、宗像は呆気に取られたように言葉を失くした。
そんな宗像の姿に、よくよく考えてみれば随分と色気のない誘い方だとミョウジは自身に呆れる。
しかも、取りようによっては逆プロポーズもいいところだ。
相手は恋人でも何でもない、ただの元上司だというのに。
だが、自分の発言に後悔はなかった。
思い立ったが吉日、などという言葉ではカバーしきれない即断だが、確信があった。
いつかきっと、この男を誰よりも愛おしく想う日が来る、と。

「……私、は……、」

躊躇いがちに、宗像が言葉を探す。
ミョウジは黙って宗像の顔を見上げた。

「……私はもう、王ではなくて、何も持っていなくて、」

これまでではあり得なかった、たどたどしい喋り方。
いつもは嫌になるほど真っ直ぐだったのに、今は不安げに泳ぐ視線。
それを、嫌いではないと思う。

「ただの、宗像礼司という……ただの、ちっぽけな男です。……君は、それで……我慢してくれるのですか?」

何を今更、と笑いそうになって、しかしミョウジはそれを飲み込む。
そして、目の前に立ち尽くす男がこれまで何も気付いていなかったことを、少し意外に思った。
馬鹿だな、と口の中で小さく呟く。
本当に、本当に、ただの馬鹿だ。

「……それが私の、たった一つの願いでしたよ。……礼司、さん」

ずっと、忌々しい王冠を奪って投げ捨ててしまいたかった。
ずっと、青の王ではなく、宗像礼司という一人の男を求めていた。
完璧な王様なんていらない。
それよりも、情けなく眉尻を下げ、不安げに瞳を揺らし、恐る恐る手を伸ばしてくる宗像の方が、ずっとずっと欲しい。


初めて触れ合った温もりは、インスタレーションよりも深く優しく二人を繋いだ。





いつかその日が来たならば
- お疲れ様でしたと、笑うから -






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