[16]陽だまりの中で穏やかに
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その日、情報室の入口付近に人集りが出来た。

「……やべ、なんか可愛いな」
「え、それ伏見さんも入ってんの?」
「こうして見ると、意外と可愛く見えるよね」
「子どもみたい」
「……お前らな。それ、伏見さんには直接言うなよ。殺されるぞ」
「分かってるけどさ、なんかこう、和むよね」
「……ああ、そうだな」
「お二人とも、ずっと気を張っていましたからね」

ひそひそ声で話す、隊員たちの視線の先。
室内で、最も日当たりの良い窓際のテーブル。
ノートパソコンを間に二台挟み、眠る二人の姿。
片方は相変わらず折り曲げた脚を抱き抱えたままの体勢で、膝頭に顔を埋め。
もう片方は眼鏡を外し、テーブルに突っ伏して眠っていた。

陽だまりに、猫が二匹。
そんなことを言い出したのは、誰だったか。
普段ならば人の気配に敏感で、これほどの視線に晒されずとも目を覚ますだろうに。
そもそも、こんな不特定多数の人間が訪れる場所で無防備に眠るタイプではないのに。
二匹の青い猫は、潜められた声にも気付かず眠り続けている。

元々、情報課の出である二人の仕事量は、普通の人間が熟す域を軽く超えている。
それに加え、先日の製薬会社の一件だ。
立案、決行、事後処理。
全てが怒涛の勢いで、短い時間に一気に詰め込まれた大事件だった。
先頭に立っていた二人は、さぞ大変だったことだろう。
そして、徹夜で報告書をまとめたらしい二人は、そのまま眠ってしまったというわけだ。

朝、出勤して来るなりなんとも微笑ましい絵を見てしまい、特務隊の面々は温かな気持ちになる。
感情の起伏がないせいか何を考えているのか分からないナマエの寝顔は意外なほどあどけなく、いつも罵詈雑言舌打ちの嵐な伏見も眠っていれば優しげな顔立ちだ。
写真撮ったら起きちゃうかな、と誰かが呟いたその時。

「おや、どうしました?」

淡島を伴って現れた宗像が、部屋に入ることなく固まっている面々に首を傾げた。
咄嗟に振り返った全員が、しーーー、と人差し指を唇に当てる。
はて、と疑問符を浮かべた宗像を手招きし、隊員たちは入口を開けて中の様子を宗像に見せた。

「……おや、これは……、」
「あら、」

宗像と、その背後から部屋を覗いた淡島が、揃って小さく驚きの声を上げた。
総勢十名の視線の先、ナマエと伏見は相変わらず気持ち良さそうに眠りこけている。
宗像は微笑み、淡島は呆れたように苦笑した。
だが二人とも、眠っている部下を起こそうとはしなかった。
万が一宗像や淡島が二人を起こそうとしたら何としてでも庇おう、と心密かに誓っていた隊員たちは、ほっと安堵の息を吐く。
全員が同じものを共有し、なんとなく擽ったい思いになった。

「今日は皆さんでお昼寝の日にしましょうか」

午前八時の台詞としてはいかがなものかと思われる宗像の発言に、淡島は小さく咳払いし、隊員たちは苦笑した。


宗像の視線の先、ナマエと伏見は一つのテーブルを挟み、向かい合って眠っている。
そのことに、ほんの少し寂しくなる。
警戒心の強い猫のようなナマエが、宗像の気配がない場所で、他の誰かと眠る。
そんな日が、来てしまった。

宗像だけに許された特権は、少しずつ減ってきた。
だが、それを寂しく思うと同時に、嬉しくも誇らしくも思うのだ。
あの伏見が気を許して眠っていることも、特務隊の面々が、そんな二人を温かく見守っていることも。
とても、喜ばしく思うのだ。
あの男は、ストレインではなかった。
よって、セプター4の管轄外だ。
有罪判決が下ることは間違いないだろうが、死刑になることはないだろう。
あの男は今も、たとえ囚われの身であったとしても、のうのうと生きている。
ナマエが味わった痛みも苦しみもつらさも絶望も、何一つ知らず、生きている。
事件を振り返り、やはりあの時に殺してしまいたかったと、そう思わないと言えば、嘘になる。
だが、これで良かったとも、思っている。
それは青の王としての立場ではなく、無論あの男のためでもなく、ただ一つ、ナマエが望んだからだ。
窓から差し込む光の中で気持ち良さそうに眠るナマエが、そう望んだからだ。
ナマエの言葉を聞き入れ、望みを叶えた。
ならば恐らく、宗像は間違っていなかったのだろう。


ナマエが起きたら、あんな所で無防備に寝ないで下さいと、少しだけ叱ろう。
きっとナマエは、何拗ねてるんですか、と笑うから。
その時は素直に、伏見君に嫉妬しましたと、開き直ってみよう。
呆れた顔をして、それでもナマエは受け止めてくれるだろう。

そんな数時間後を想像しながら、宗像は執務室へと足を運んだ。






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