[15]憎悪も怨嗟も、殺意さえも
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宗像が、酷薄な笑みを浮かべて男に手を伸ばした、その瞬間。

「れ、い…しさ……!!」

宗像の背後で、ナマエが叫んだ。
男に触れる寸前で、宗像が動きを止める。
ゆっくりと振り返れば、ナマエが真っ直ぐに宗像を見据えていた。
微かに和らいだ雰囲気に、酸素が吸いやすくなる。
ナマエは荒い呼吸を何度か繰り返した後、一歩宗像に近付いた。

「……殺させません」

宗像が、あからさまに顔を顰める。
ナマエは、左手に持っていたサーベルを鞘に収めた。

「私も、殺しません。だから、礼司さんも、殺さないで下さい」
「ナマエ!」

張られた声は、悲痛だった。
いま確実に、ナマエよりも宗像の方が傷付いている。
もしかしたらずっと前から、そうだったのかもしれない。

「……駄目です。絶対に、」
「………どうしてだ。あれは君を苦しめた!それなのに、裁判にかけても死刑判決は下らない!ならば俺がっ、」
「いやだ、礼司さん」

駄目、ではなく嫌、と言い直され、宗像が言葉を詰まらせる。
その隙に、ナマエはもう一歩宗像に近付いた。

「……殺したら、この男が、礼司さんの中に遺る。そんなのは、いやです」

ふらつく足で、宗像との距離を詰める。
ついにその前に立ち、苦しげに歪んだ顔を見上げた。

「……この男が、礼司さんの感情と一緒に死ぬなんて、許さない」

ナマエは無意識のうちに右手を上げると、首のチョーカーに触れた。
その感触は、いつだって優しい。

「…………礼司さんは、私のものです。その感情の一片だって、誰にも、渡しません」

二人の視線が、真っ直ぐに繋がる。
沈黙は、永遠にも感じられるほど長かった。

「……君は、本当に………」

やがて、宗像がぽつりと零す。
その瞬間、サンクトゥムが消失し、ダモクレスの剣が静かに溶けた。

ナマエがサーベルを鞘ごと剣帯から引き抜き、そのまま地面に這い蹲る男に振り下ろす。
鈍い音がして、男は気を失った。

「確保を」

宗像の殺気から解放された隊員たちに声をかければ、淡島が少しふらつきながら近付いてくる。
男が拘束されたのを確認し、ナマエは宗像に向き直った。

宗像は、何か大きなものを喪失したような、そんな顔をしていた。
浮かべられた控えめな笑みには諦念が混じり、レンズの奥の紫紺が揺れている。

ああ、そんな顔をさせたいわけじゃなかったのに、と。

ナマエはサーベルを佩き直し、宗像の制服のスカーフを引っ掴んで強引に引き寄せた。

「ナマエ?」

咄嗟に、仕事中なんですけど、と言いそうになり、ナマエは慌てて言葉を飲み込む。
さっきまで、雰囲気に飲まれてナマエも宗像を名前で呼んでいたことを思い出したからだ。
隊員の前でとんでもないことを仕出かしてくれたと、ナマエは自身を棚に上げて宗像を恨んだ。

「……そんな顔、似合わないんです、けど」

すぐ傍にある宗像の、困ったような表情。
気に入らない、と顔を顰めれば、君もです、と返された。

「……礼司さん、」

嫌だった。
宗像の感情が、あの男に向けられるのが。
殺意や憎しみは、愛以上に強い感情となり得る。
それを、あの男に差し出す宗像を、許せなかった。
でも。

「嬉しかった、んですよ」

秩序の王。
そう呼ばれ、それを体現し、何事にも決して動じない宗像が、激情を露にした。

「代わりに、怒ってくれた。それだけで、いいです」

そう言って、ナマエは宗像の唇に触れた。
宗像が、その指先を握り締める。

「……君は全く……、相変わらず欲がありませんね」
「そんなこと、ないですけど」

ん、と続きを促した宗像を見つめ、ナマエは微かに笑った。

「……礼司さんが、ぜんぶ欲しい、です」

ね、欲張りでしょう、とナマエが首を傾げる。
その姿を見て、宗像はようやく破顔した。

「私は元々、君のものです。だからそれは、欲のうちに入りませんよ」

きつく、唇を噛み締めていたのだろう。
ナマエに降ってきた口付けは、血の味だった。








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