[12]どうか、いつもそうやって
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一夜明け、ナマエは宗像の執務室に来ていた。
件の製薬会社に対し、強制捜査をかける。
伏見と二人で作戦をいくつか立案し、あとは宗像の指示を仰ぐことになった。

ナマエが主張したのは、昨夜とは異なる形での潜入だった。
対象の正体を見極めたのであれば、それを最大限に利用するというものだ。
ナマエの身分を伏せ、施設に戻る。
適当に、記憶が混濁していただのとでっち上げれば、彼らはナマエを受け入れるだろう。
被験者の存在は貴重だ。
そうしてスパイとして内部に潜り込み、情報とタイミングを発信する。

「内部構造が複雑なので、それが一番、」
「却下です」

効率的だと思います、と言い切る前に、ナマエの説明は遮られた。
は、と言葉を飲み込めば、宗像が眉を吊り上げてナマエを見ている。

「君は馬鹿ですか。私がそんなことを許可するとでも思っているのですか?」

宗像らしくない稚拙な暴言を吐かれ、ナマエは微かに苦笑する。
過保護だな、と思ったが、口には出さなかった。

「……じゃあ、B案です」

ナマエは、施設の内部構造を完全に記憶している。
それを元にデジタルマップを作成し、GPSを利用してそこに突入部隊の位置情報を反映させる。
情報車を中継点とし、各員の連携を保ちながら先に監禁されているストレインを確保。
その後、施設の関係者を捕縛する。

「なるほど、それならば良いでしょう。……ただし、情報車での指揮は伏見君です。ミョウジ君、君を連れては行きませんよ」

口調と呼び名は、仕事中のそれを保っている。
だが、向けられる視線と言葉の内容はあまりに私的で、ナマエは目を細めた。
ナマエは、宗像からの信頼を自覚している。
これまでの作戦でも、宗像は常にナマエを要所に配置した。
それなのに、今回宗像は作戦からナマエを外そうとしている。

「……室長、過保護すぎますよ。……昨日は、取り乱しました、けど、もう分かってるから、平気です」

内部を完全に把握しているのはナマエだけだ。
この有利な条件を無駄にする気はない。
しかし宗像は、首を縦に振らなかった。

「……ナマエ、」
「仕事中です」
「構いません」

即座に反応すればまた即座に反論され、ナマエは溜息を吐く。
宗像に手招きされ、ナマエは渋々デスクを回り込んで宗像の太腿の上に座った。
途端に抱き寄せられ、宗像の肩口に顔を押し付ける羽目になる。

「……過保護だなんて、綺麗な感情ではありません」

守りたい、大事にしたい。
もちろんそれは大前提として存在する。
だが宗像の感情はもっと醜く、そして激しいものだ。

「私は君を、二度とあの場所に返したくありません。あそこにいる誰にも、君を見せたくないんです」

小さな背中を抱き締め、宗像は感情を静かに吐露していく。
本当は、叫んでしまいたかった。

「……君が思うほど、私は出来た人間ではありません。昨日、君の傍にいたのが伏見君だったということにすら、私は耐えられないんです」
「……………は?」

不意に飛び出した名前に、ナマエが顔を上げる。
至近距離に宗像を見つめれば、そこには不貞腐れたような、拗ねたような表情があって、思わずぽかんと口を開けた。

「しかも伏見君が君を抱っこしたって!君を抱っこするのは私だけの特権だったのに、それを伏見君がっ」

まるで駄々を捏ねる子どものような口調で言い募る宗像に、もはや王たる威厳など欠片もなかった。
どう考えても不可抗力だったのに、宗像はナマエの言い分に貸す耳を持たない。

「その上君はっ、私が着いたら伏見君の上着に包まれて寝ているし……っ」

寝ていたのではなく、気を失っていたのだが。
それもまた言うだけ無駄というもので、ナマエは沈黙を選択する。

「今回の件だって、二人で相談して俺の所に来て。いつの間にそんなに仲良くなったんですか!」

もう、限界だった。

「……ふ、っ……、あ、はは……っ」

ナマエの唇から漏れた、呼気をたくさん含んだ音。
あれやこれやと挙げ連ねていた宗像が、驚いて口を噤んだ。

「……ふふ、……っ、あはは……っ、」

断続的に漏れる、音。
呆然と固まった視線の先、ナマエは肩を震わせ、目を細めて。


笑って、いた。


「…………ナマエ……?」

表情は、少しずつ増えてきていた。
怯えしか知らなかった感情は、宗像と共に過ごす日々の中で、喜びや寂しさ、楽しさを知った。
呆れたように小さく苦笑したり、拗ねたり、安心したように目を細めたり。
そんな表情を見せてくれることは、時々あった。

でも、こんなふうに。
息を漏らし、声を上げて、楽しそうに笑う。
そんなナマエを見るのは、初めてだった。

「……はは……っ、れーしさ……っ、ふふっ」

何を笑っているのか。
答えは簡単で、ナマエは宗像が吐露した情けない嫉妬心を笑っているのだ。
でも、たとえそれを笑われているのだとしても、宗像は幸せだった。
ナマエが、笑ってくれている。
ただそれだけで、幸せだった。

「……ふふ、なんか、お腹痛い」

ようやく笑いを収めたナマエが、目元を擦りながらそう呟く。
その顔は、ひどく楽しそうだった。
満面の笑みか、と問われればそうではない。
だが、目尻を下げ、唇に弧を描くその顔は、間違いなく笑顔だった。

「礼司さん」

嬉しくて、信じられなくて、何も言えない宗像に、ナマエが笑いかける。

「……私の帰る場所は、いつだって、ここです。……違うんですか?」

一拍遅れて、宗像は気付く。
それが、君を返したくない、と言った宗像の言葉への返事だと。

「違いません。……何も、違わない。君の帰る場所は、ここだけだ」

そう言って宗像がナマエをもう一度強く抱き締めれば、ナマエは宗像の腕の中で小さく笑い声を上げた。
耳を擽るその音に、宗像は、視界が微かに滲むのを感じて息を詰まらせた。



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