[11]間に合わなかった応え
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伏見の手刀で気絶させられたナマエが意識を取り戻したのは、それから三時間後のことだった。


「目が、覚めましたか」

医務室のベッドに横たわったナマエ。
三時間、片時も離れることなく傍についていた宗像は、ナマエの瞼が持ち上がると同時に優しく声を掛けた。
ぼんやりとした目が、やがてベッド脇の椅子に座る宗像に焦点を当てる。

「……れー、し、さん……?」

呟くように呼ばれた名前に、宗像は微笑んだ。

「はい。気分はどうですか、ナマエ?」

ゆっくりと、右手をナマエの前に差し出す。
怯えも抵抗もないことを確かめながら慎重に近付け、やがてそっと髪を撫でた。

「……私……なんで、…………あ、」

戸惑ったように視線を彷徨わせたナマエが、自分の置かれた状況を把握し顔を強張らせる。
宗像はその頬を優しく撫で、落ち着いて、と指先で擽った。

「伏見さん、は?」
「おや。起きてまず心配するのが伏見君のことですか?」

宗像は、そう言って目を眇めてみせる。
面白くない、と思ったのも事実だが、本当は安堵していた。

「安心しなさい。伏見君も一緒に帰って来ていますよ。怪我ひとつありません」

だから大丈夫、と言い聞かせれば、ナマエは安心したように目を細めた。
製薬会社でナマエの身に何が起こったのか、宗像は理解していた。
だからこそ、起きてまず一番に他人の心配をするほどの余裕が残っていたことに、安堵する。

「………あそこは、」

宗像に支えれて上体を起こしたナマエが、何かに耐えるように声を絞り出す。
宗像は何も言わず、ナマエの左手を両手で包み込んだ。

「……あそこは、私が、いた場所です」

やはり、そういうことなのか。
宗像の、ナマエの手を握る力が強くなる。

「……あの頃、施設から出たことは、ありませんでした。だから、場所も、外観も、知らなかった。中に入って初めて、思い出しました」

俯いたまま話すナマエの横顔を、宗像はひたすらに見つめた。

ナマエが施設から出たのは、異能が暴走したあの日が、最初で最後だった。
施設の一部を破壊し、そこから逃げ出した。
だがあの時ナマエは視力を失っており、逃げ出す最中に自分のいる場所を認識することが出来なかった。
だから、見知った内部に入るまで気付けなかったのだ。

「……あそこにはきっとまだ、ストレインが監禁されています。あの日、逃げられなかった人が、きっと」

その言葉の意味は、ただひとつ。
あの製薬会社を装った研究施設は、セプター4にとって制圧対象ということだ。

「分かりました。作戦の立案は君と伏見君に任せましょう。だから、今夜はもう眠って下さい」

本音を言えば、宗像はこの件にナマエをこれ以上関わらせたくなかった。
内部事情をナマエしか知らないのは事実だが、やりようは他にいくらでもある。
これ以上、ナマエを過去に触れさせたくなかった。

伏見は、ナマエが錯乱したと報告した。
宗像は、その状態がどのようなものであったのか、容易に想像出来る。
初めて宗像の家で目を覚ました時、悪夢を見た時、風呂に入った時、雨に濡れた時。
ナマエは何度も幻影に怯え、暴れ、泣き叫んだ。
引っ掻かれ、殴られながら、それでも宗像はナマエを抱き締め、何度も大丈夫だと言い続けた。

しかしナマエは、あの施設に残されたナマエと同じ境遇のストレインがいる可能性を示した。
セプター4の隊員として、宗像の部下として、言った。
ナマエは前に進もうとしている。
未だ、我を忘れて取り乱すほど怯えているのに、過去を乗り越えようとしている。
宗像に、その決意を無駄にすることは出来なかった。


ナマエが医務室よりも宗像の自室を希望したので、宗像はナマエを抱き上げて寮に戻った。
その道すがら、ナマエは宗像の腕の中で眠ってしまった。
いかに大きな精神的負荷が掛かっていたのか、それを物語っている。

宗像はベッドにナマエを横たえ、自らもベストを脱いでその横に潜り込んだ。
無意識下で、ナマエが宗像に擦り寄ってくる。
宗像はその身体を抱き寄せ、起こさないようにそっと頭を撫でた。

後悔を、している。
その時、傍にいてやれなかったことを。

あんたの名前を呼んだんですよ。

そう言った、伏見の言葉が蘇る。
いつかの雨の日に、ナマエは道端に蹲り、ずっと宗像の名を呼んでいた。
迎えに来てほしい、助けてほしい。
きっと、そんな望みを託して呼んでくれた。
今日も、そうだったはずなのに。

「……すみませんでした、ナマエ」

自室にいたところ、タンマツで秋山から連絡を受けた。
伏見さんから、ミョウジさんが倒れた、と。
そう告げられた時、理性など欠片も残っていなかった。
宗像は秋山に場所のデータを転送させ、そのまま窓から外に飛び出した。
だが、その連絡があった時点で、もう手遅れだった。
もちろんそれは、伏見の失態ではない。
伏見の判断と行動は的確だった。

だが、宗像は間に合わなかった。
礼司さん、と、ナマエが唯一呼ぶ名に、応えてやれなかった。

「……もう二度と、二度とこんなことはしません……!」

宗像はナマエの蟀谷に唇を押し付け、きつく目を閉じた。



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