[9]猫と飼い主ともう一人
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「伏見さん」

特務隊の中で最も物静かなナマエの、常よりも僅かに大きめな声に呼ばれ、伏見は即座に書類から顔を上げた。

「どうした」

伏見は、ミョウジナマエという女を信用している。
間違ってもこの女は、日高や道明寺のように下らない用件で伏見の名を呼んだりしない。

「これ、」

指し示されたモニターに、伏見は視線を走らせた。

「別件で、警視庁のデータベースを洗ってたん、ですけど」

ナマエの言う別件、の意味を正確に理解し、伏見は無言で続きを促す。
ナマエがずっと追っているのは、緑のクランの動向だ。
モニターには、とある病院と暴力団との癒着問題に関する記事が映されていた。

「先日捕縛したストレイン、この暴力団の幹部です。暴力団から病院に金銭が流れてるんです、けど、一方通行で」
「暴力団側にも何かメリットがなきゃおかしい、か。もう一枚何か噛んでるな」

伏見が言葉尻を拾って続けると、ナマエは一つ頷いた。
セプター4に情報が下りてきていないということは、ストレインの関与が確認されていないということだ。
しかし、その可能性は充分にある。

「分かった、探り入れてみてくれ。状況によっては室長に報告する」

伏見の指示に、ナマエはキーボードに指を走らせた。

伏見が特務隊に異動してから、ナマエはそのサポートに回ることが多い。
それは宗像の指示ではないし、伏見の命令でもない。
単純に、共に情報操作を得手とする二人だが、それぞれ得意分野が若干異なるのだ。
伏見は実社会とネットワークとの関連性を照合する能力に長け、対してナマエは緻密な情報操作とネットワーク上での駆け引きを得意としている。
さらに、伏見には特務隊の指揮を執る役目もあるため、自然とナマエがその補佐につく、という形が出来上がった。
何事も自らの手で確認しなければ気が済まない伏見が、唯一ナマエの技術にだけは信頼を寄せているという点も、その関係に拍車をかけた。



「製薬会社、です」

後日、伏見に齎されたのは、予想通り第三の繋がり。
ナマエの持つタブレットを覗き込むと、件の病院と提携している製薬会社から、暴力団に薬品が流されていることが証明されていた。

「なるほどな。病院は経営難で金が欲しい。暴力団は薬が欲しい。となると、この製薬会社は対価に何を貰ってる?」
「……新薬の実験台、とか、ですか」
「その可能性もあるだろうな」

ふん、と伏見が鼻を鳴らす。

「例の幹部から何か聞けたのか?」
「いえ、何も知らないみたいで。……トップしか、把握してない、のかもしれないですね」
「ふうん。……臭うな」

伏見はストレインの調書にざっと目を通し、小さく舌打ちをした。

「面倒くさいが、調べるか」
「……製薬会社を、ですか」
「ああ、そこが一番出そうだろ。菱ヶ谷か」

室長に一応報告入れてくる、と言い置き、伏見は情報室を後にした。



「室長、伏見です」

いい加減なノックの後に名乗れば、宗像に入室を促される。
伏見は面倒くさい、という内心をそのまま顔に張り付けて室長室に足を踏み入れた。

「おや、どうしました、伏見君」
「……仕事して下さいよあんた」

にこり、と笑う宗像は、今日はクロスワードパズルをデスクに広げていた。
手厳しいですね、などと嘯く宗像に舌打ちを見舞ってから、伏見はデスクに近付く。
さっさと退散しようと、ホログラフに資料を映し出した。
ナマエと話し合った推測を交えながら、製薬会社に調べを入れたい旨を説明する。
大人しく黙って聞いていた宗像は、伏見が話し終えるとなるほど、と頷いた。

「結構です。調査を許可しましょう」
「……どーも、」

余計な茶々が入らなかったことを幸いと、伏見はすぐさま資料を消した。

「じゃあ今夜、俺とミョウジとで調べて来るんで、」
「伏見君」

長居は無用と必要なことだけを告げて踵を返した伏見は、穏やかなのに妙に威圧感のある声音で呼び止められ、思わず舌打ちを零した。

「……なんですか、」

振り返れば、宗像がデスクに両肘をついて伏見を見据えている。
レンズの奥から真っ直ぐに射抜かれ、何とも嫌な予感がした。

「君とミョウジ君との、二人で行くのですか?」
「そう言いましたけど」
「おや。これは珍しいですね。思わず聞き間違えたのかと思ってしまいましたよ」
「何がですか」
「君が、自ら誰かと行動を共にするなど、早々ないことでしょう」

相変わらず、宗像の話は展開が回りくどい。
何を言っているのかは分かるが、何を言いたいのか理解出来ない。

「それが、今回はミョウジ君を連れて行くという。どういう心境の変化でしょうか」
「……別に。この件、俺に報告してきたのはミョウジなんで。それに、潜入調査なら一人より二人の方が手っ取り早いんですよ」

ただし、信頼の置ける人物に限る。
伏見は胸の内でそう付け加えたところで、宗像の言いたいことを今更ながらに理解した。
そして一層、面倒くさい、とうんざりした。

「……なんですか。あんたの猫を俺が連れ歩くのが不快だって言いたいわけですか」
「おや。それはどういう意味でしょう」

レンズの奥、宗像の目が細められる。
伏見はもう一度舌を鳴らした。

「別に、何でもありませんよ。……で?俺一人で行けばいいんですか?」
「いいえ。二人でお願いします。君一人では、暴走が心配ですからね」
「……子ども扱いするの、やめてもらえますか」
「ふふ。一昨日、私闘で緊急抜刀した君の台詞とは思えませんね」

再びの、舌打ち。
もう何度目かも分からなくなってしまった。
つくづく性格の捻じ曲がった男だと、伏見は宗像を睨み付ける。

「もう退がって構いませんよ。何かあれば連絡を入れて下さい」

にこりと、入室した時同様に底知れない笑みを浮かべられ、伏見は挨拶もなしに部屋を後にした。



ばん、と荒々しく閉められた扉を見つめ、宗像は嘆息する。

「……もう、あんたの猫、ではないのかもしれませんね」

クロスワードパズルの載った雑誌を閉じ、宗像はゆっくりと目を閉じた。



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