[8]鼓動の共有
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特務隊という精鋭を揃えた部隊は、二つの班から成り立っている。
一つは秋山を筆頭とする撃剣機動班の隊員、もう一つは伏見を筆頭とする情報班の隊員だ。
元情報課の伏見猿比古という男は、最年少ながらにしてセプター4のナンバー3という地位を確立しており、実質として特務隊の長を勤めている。

伏見が吠舞羅からセプター4に転身してきた時、隊内はその話題で持ちきりとなった。
かつて前例のない、普通に考えればあり得ない出来事だったのだ。
しかもそれだけに留まらず、当時情報課の平隊員だった伏見は"宗像室長のお気に入り"というやっかみ混じりな認識を存分に利用し、一人部屋を確保するわ単独行動に走るわとやりたい放題だった。
当然だが、隊員たちの間で伏見は本当は吠舞羅のスパイだとか勝手が過ぎるだとか散々叩かれたが、引き抜いてきた宗像自身が伏見の行動を一切咎めなかったので、誰も表立って伏見を追及することはなかった。
しかし、伏見猿比古という存在はセプター4の中で一際浮いており、周囲はその扱いに困惑していた。
それは、伏見が特務隊に異動となってからも、あまり変わっていない。


「あの、伏見さん………これ、なんですけど、」
「ああ?」

「伏見さん、昨日の報告書なんですが、」
「あれは報告書じゃなくて作文だろーが。死ねよマジ、さっさと書き直せ」

「……あの、伏見さん。明日の、」
「っるせえんだよ馬鹿、黙ってろ!」


常に眉間に皺を寄せ、まるで呼吸のように舌打ちを連発し、暴言を怒鳴り散らしていれば、誰も上手くコミュニケーションを取れるはずがない。
しかし、困ったことに秋山以下特務隊の面々にとって伏見は上司であり、その上驚くほど優秀なのだ。
当然誰も伏見に逆らえず、頼らざるを得ない。
胃が痛いだの、腹が立つだの、それぞれの内心に多少の差異はあれど、皆それなりに伏見との関係に悩んでいるのは確かだった。

しかしそこに、一人だけ例外がいる。

「……ミョウジ、そっちはどうだ」
「ん……、もう終わります」
「悪い、助かった。データの修復は?」
「いま七十二パーセント、です。今夜には終わります」
「ん、分かった」

このセプター4において唯一、伏見に舌打ちをされることなく会話を成立させる人物。
それが、ミョウジナマエだ。
二人は元々、情報課にいた頃からの同僚ということになるのだが、あの伏見がそれだけの理由で人と親しくするはずもない。
そして、基本的に人と会話をしようとしないナマエもまた、伏見とは自然に言葉を交わす。
多分二人にしか分からない秘策があるんだよ、と言ったのは榎本だったか。
宗像にすら舌打ちと暴言を躊躇しない伏見が、ナマエにだけは普通に接するのだ。


「どうやったら伏見さんと仲良くなれますかね?」

丁度伏見がいない執務室で明け透けにそう訊ねたのは、日高だった。
当然ながら、オイ、と弁財に小突かれた。
話し掛けられたナマエが、デスクトップから視線を上げる。
ちらりと周囲を窺えば、全員が全員、ナマエの方を見ていた。
日高のストレートな突撃に呆れこそすれ、その返答には興味があるらしい。

「………さあ、知りません、けど」

だが、他の誰よりも伏見と自然な関係を築けている自覚がないナマエは、こてりと首を傾げる。

「え、でも、ミョウジさん普通に話してるじゃないですか!どうやってるんですか?」
「……別に、どうも、」

続く質問にも、やはりナマエの回答は要領を得ない。

「やっぱり女の子の方がいいのかなあ」
「いや、伏見さんに限ってそれはない」
「そうだよ。それなら副長とも仲が良いはずだろー?」
「あの人は女の子じゃねえだろ」

言いたい放題である。
わいわいと話し出す面々を尻目に、ナマエは再びPCに向き合った。
結局、ヒートアップした会話は、部屋に戻って来た伏見の怒鳴り声に遮られるまで続いた。





「そういえば、こんな話を耳にしたのですよ」

書類を届けに行った室長室で、ナマエはその部屋の主に捕まった。
宗像は、相変わらずジグソーパズルをデスクに広げて楽しそうに微笑んでいる。

「……なんですか、忙しい、んですけど」

一応は聞く態勢を取りつつも、文句は付け足しておく。
しかし当然ながら宗像にそんなものは通用しないし、ナマエ自身意味があるとは思っていない。

「隊員たちが話していたのですが。なんでも、淡島君は私の右腕で、伏見君が懐刀で、そして君は私の飼い猫なのだそうです」
「……はあ、そうですか」

言葉の意味としては、概ね間違っていないだろう。
なぜそれを宗像がわざわざ聞かせたのか分からず首を傾げると、宗像がくすりと笑った。

「やはり君は、他の人からも猫のように見えるのですね」

他の人からも、ということは、宗像にもそう見えているということで。
だからといって何ということもないので、ナマエは黙り込む。
すると宗像が、不意に笑みを消し去り、ひどく真剣な表情を浮かべた。

「でも、覚えておいて下さいね」

何をですか、と聞こうとして、ナマエは向けられる真っ直ぐな視線に息を飲む。

「……君は、心臓です」

ゆっくりと紡がれた言葉に、ナマエは一瞬呆気に取られた。
そして、その言葉を体内に深く取り込むように、意識して大きく息を吸った。

骨の奥で、心臓が、震えた気がした。



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