[7]王と人間の狭間
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「抜刀!捧げ、刀!」

その、低く抑え込まれた号令に、ナマエは右腰からサーベルを引き抜いた。
すらりと伸びた刀身を、胸の前で構える。
隊葬式典を行う本部グラウンドには、小雨が降り注いでいた。

楠原剛というその青年について、ナマエが知っているのはあくまで宗像に必要か否かという点における判断材料となった経歴や身辺情報だけで、本人の人柄については然程知らない。
同じ特務隊に所属していたのは、僅か一週間のことだった。
楠原は、先日のベータ・ケース緊急出動の際、宗像を庇って凶弾に倒れた。
それが、セプター4が宗像の体制となってから初めての殉職者となった。

周囲を見渡すと、あちこちに見受けられる動揺の色。
楠原剛の死は、セプター4に様々な意味を齎した。
ナマエにとって、楠原の死は感覚的に捉えるものではない。
人の死、というものに触れたのは初めてだったが、そこに何の感慨も沸かなかった。
それが、さして親しくない間柄だったからなのか、それとも自らの感覚がおかしいのか、ナマエには判断がつかない。
もしかしたら、それよりも重要な意味があったからかもしれない。

楠原を死に至らしめた銃弾は、宗像を狙ったものだった。
それは宗像本人が認めているし、あの時情報車の中にいたナマエ自身も、現場の状況と後ほど計算した弾道から、ほぼ間違いないと理解している。
ずっと、気配はあった。
それこそ、宗像が王位に立った直後から。
ナマエはそれに気付いていて、だからこそ意図的にセキュリティを甘くし隙を見せ、相手の正体を見破ろうと画策していた。
しかし結果として、こちらが後手に回る羽目になった。
相手は巧妙に、そして性急に仕掛けてきた。

あの時楠原が庇わなかったとて、恐らく宗像は死ななかっただろう。
狙撃者との距離からみて、宗像が向けられる殺意に気付かなかったとは思えない。
咄嗟にフィールドを展開すれば、かろうじて間に合ったはずだった。
だが、そうはならなかった。
直感に優れた楠原は、宗像と銃口との間に飛び込んだ。
恐らく、反射的で無意識な行動だろう。
楠原は宗像の背後で脳天を撃ち抜かれ、即死した。




「おや、てっきり今夜は徹夜かと思いましたよ」

式典が行われた日の夜中、ナマエは宗像の自室を訪れた。
淡い色の浴衣に着替えた宗像が、意外そうにナマエを出迎える。
出来ればそうしたかった、という返事を飲み込んで、ナマエは部屋に上がり込んだ。

「大丈夫ですか?雨に降られてしまいましたからね」

宗像の言葉は、雨に濡れて冷えた身体を心配しているのか、それともナマエの精神的な面を案じているのか。
どちらにせよ、問題はなかった。
ナマエはもう、雨に降られたとて取り乱すことはない。
それよりも、風呂上がりなのか宗像の髪が濡れていることの方が気になった。

「……別に、平気です。…室長こそ、髪、乾かさないと風邪、引きますよ」

サーベルを腰から外しながら指摘すれば、宗像が苦笑した。

「すみません」

素直に返ってきた謝罪に、ナマエは眉を顰める。
やはり、ここに来て正解だったと思った。

宗像の言う通り、夜を徹してでもやりたいことが山ほどあった。
宗像を狙った、見えざる敵。
事件の犯人となった暴力団すら、その敵に踊らされただけだろう。
黒幕はずっと奥、まだ見ぬところに隠れている。
ナマエは早急にその敵を炙り出さなければならなかった。
手段は選べない。
ナマエは、宗像に唯識の試用運転を提案しようとも考えていた。

だが、全ては明日からだ。

リビングのソファーに隣り合って腰を下ろす。
ローテーブルには、日本酒とココアが並んだ。

「……善条さんのことは、悪く思わないで下さい。少し、挑発しすぎました」

零された言葉に、ナマエは溜息を吐く。
調子が狂う、と思った。

「……別に、何とも思ってないですよ。……礼司さん以外、ぜんぶ一緒です」

ふふ、と宗像がレンズの奥で目を細める。
ああ、邪魔だな、と感じた。
だから、手を伸ばした。

「ナマエ?」

不意に眼鏡を奪われ、宗像が目を瞬かせる。
ナマエは奪った眼鏡を無造作にローテーブルへと滑らせた。

「あの、見えないのですが、」
「知ってます」

戸惑う宗像の訴えを丸ごと切り捨て、ナマエは腰を上げた。
そのまま、宗像に向かい合う形で太腿の上に乗り上げる。
視力矯正が必要ないほど顔を近付ければ、ナマエと宗像の視線が交わった。

「……邪魔、なんですよ。……礼司さん、隠しちゃうから」

硬質なレンズに遮られることのない宗像の瞳が、一度だけ揺れる。
それを認め、ナマエは宗像の頬に両手を添えた。
宗像の方が体温が高いので、その頬は温かい。
ナマエは張り付いた仮面を拭い去るように、その頬を撫でた。

「………君には、敵いませんね」

やがて、そう言って困ったように眉を下げた宗像を見て、ナマエは不意に鼓動の揺れを感じた。
その瞬間初めて、ナマエは楠原という男に一定の感情を抱いた自分に気付く。
それは憐れみでも悲しみでもなく、憤りだった。

宗像は、後悔や懺悔を決して見せないだろう。
宗像礼司自身にすら、見せないだろう。
青の王は、完璧なピースを一つ手に入れた。
空白、という名のピースだ。
宗像の中では既に、楠原の死というピースの意味と置き所が確定していて、それは最初から決まっているかのごとく自然とセプター4に、宗像の作り上げる世界にはまるだろう。
そこに、宗像礼司の意思は介入しない。
それは青の王の完全なる秩序となり、この先の未来の礎となる。

「………礼司さんは、ほんと、馬鹿ですね」

思わず漏れたのは、そんな暴言だった。
宗像はそれを、喉の奥で笑った。
ナマエの背に、宗像の腕が回される。
その力に抗うことなく、ナマエは宗像の肩口に顔を埋めた。
宗像の髪が、ナマエの首筋を擽る。
ふふ、と漏らされる吐息を多量に含んだ声は、笑っているようにも泣いているようにも聞こえた。









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