[5]大切な名を唇に乗せ
bookmark


ブランチの後、約束通りケーキを買いに行こうと椿門を後にした。
向かうのは、まだ王ではなかった頃の宗像が、初めてナマエにケーキを買い与えた店だ。
それまで知識としてしか知らなかったケーキをナマエは大層気に入り、それ以降、買うときは必ずその店と決まっている。

二人とも私服に着替え、並んで街を歩く。
宗像の私服は至ってシンプルに、スラックスとVネックのカットソー、上にジャケットを羽織っている。
隣のナマエはスキニータイプのパンツと少し大きめのパーカーワンピースを着ていて、宗像はその下にナイフが仕込まれていることを知っていた。
ナマエも伏見同様、非番の日ですら決して丸腰にはならない。
隣に自分がいる限りそのナイフに出番はない、と宗像は思うのだが、宗像がいるからこそナマエがナイフを手放さないことも分かっているので、宗像は何も言わなかった。
ありがたいことに、今日は雲ひとつない晴天で、街の雰囲気も穏やかだ。
しかし、このまま平和な一日になればいい、という宗像の願いは、ケーキ屋の前に立ち寄った書店で見つけた人影に呆気なく打ち砕かれた。

店内を物色し、趣味のジグソーパズルをいくつか手に取っていると、視界に映った鮮やかな赤色。
反射的に目を向ければ、そこには赤の王、周防尊が児童書のコーナーにしゃがみ込んでいた。

「……全く、折角の休日だというのに、」

宗像の独り言に気付いたナマエがその視線の先を追い、あ、と小さく声を上げた。

「……隣の子、櫛名アンナ、ですか」
「おや、そのようですね。なるほど、今日は保護者代わりということでしょうか」

宗像は、あの小さな少女が一緒ならば面倒事にはならないだろう、と苦笑する。
一方のナマエは、律儀に毒を吐く宗像を見上げて溜息を吐いた。
仲が良いんだか悪いんだか、と、周防の方へ足を運ぶ宗像の後を追い掛ける。
どうやら周防は、アンナに本の読み聞かせをしているらしい。
粗野で乱暴に見えて、実は子どもには優しいのか、と意外な一面を眺めていると、宗像がわざとらしく周防に声を掛けた。

「おや、」

その、然もたった今気付きました、とばかりの口調にナマエは呆れる。

「まさかこんな所で会うとは。本屋に用があるタイプだとは思いませんでしたが」

にっこりと清々しい笑みを浮かべて毒を吐く宗像を、周防とアンナが同時に振り返る。
てっきり周防が煩いだの何だのと言ってくるのかと思っていたら、予想外にも言葉を返してきたのはアンナの方だった。

「デートをしています」

さらり、と真顔で告げられた言葉に、そのデートの連れである周防が顔を引きつらせる。
宗像が笑顔のままに見つめてくる視線に耐え兼ねたのか、周防がアンナの首根っこを掴んでくるりと背を向けた。

「おや、お邪魔してしまいましたか」

全く悪びれる様子もなく、むしろ愉しげに、宗像は周防の背に揶揄の言葉を投げかける。

「うるせえよ」

地を這うような低音で、ようやく周防が言葉を返した。
赤の王と青の王。
正反対なようで、どこか似ているような、不思議な二人だ。
楽しそうな宗像の横顔と、アンナを掴んだまま立ち去る周防の背とを交互に見ていると、不意に宙に浮いたアンナが振り返った。

「…………同じ……?」

それは、宗像に向けてではなく、ナマエに向けて発せられた言葉で。
たった一言に込められた意味を正確に把握したナマエが、少し躊躇ってから頷いた。
微妙な様子の変化に気付いたのか、周防が無言のままにアンナを下ろす。
床に足が着いた途端、アンナがナマエの方へと駆け寄った。
下から人形のような大きな瞳で見上げられ、ナマエは居心地が悪くなる。
それでも、視線を外すことはしなかった。

櫛名アンナの過去について、調べたのはナマエ自身だ。
宗像が王になった直後、セプター4の過去と各クランの情報を徹底的に洗った。
その中に見つけたアンナと青のクランとの関係を、ナマエは宗像にも報告している。
羽張迅の亡き後、黄金の傘下に置かれたセプター4。
三年前、黄金のクランズマンであった御槌高志は、ストレインであるアンナの感応能力を利用し、彼女を当時空席だった青の王に据えようとしていた。
人為的に王を選択する、という目論見。
そこに巻き込まれたという点で、ナマエとアンナは共通している。
アンナの言う同じ、がそういった意味であることを理解し、ナマエは小さな少女を見下ろした。

「………大事なもの、見つけた」

ぽつり、と愛らしい声で零された言葉に、ナマエは少し意表を突かれる。
隣に立つ宗像からの視線を嫌というほど感じ、胸の内に芽生えたのは奇妙な温かさだった。

「……うん」

否定する必要はなかった。
だから頷けば、アンナが少しだけ笑った。

「アンナ」

たった一言の自己紹介に、ナマエは目を細める。
なぜか、この少女に自分の名前を伝えることが、とても誇らしく思えた。

「……ナマエ」

宗像がくれた名。
王という存在が同じ王にしか理解出来ないように、アンナとナマエもまた、互いにしか分からないものを共有している。
アンナはきっと、ナマエが唇に乗せた音の意味を感じている。

「またね、ナマエ」

最後にそう言って、ドレスの裾を翻し周防の下へと戻って行ったアンナの背を、ナマエは黙って見送った。



prev|next

[Back]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -