[4]二人の柔らかな朝
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小さく緩やかな呼吸、擦り寄ってくる温もり、着衣の端を掴む指先の感触。
それらを一度に感じた宗像は、目覚めたばかりの曖昧な思考で良い朝だ、と幸せを噛み締めた。
瞼を持ち上げると目の前には、布団から少しだけはみ出た仔猫の頭。
そこから下は全て掛け布団に隠されていて、だが宗像は見えずともどのような体勢で眠っているか分かっていた。
両手で宗像の浴衣の合わせを掴み、足を曲げ、小さく丸まっているのだろう。
眠る時に頭の天辺まで布団を被るのはナマエの癖で、起きると少しだけ頭がはみ出ているのもまたいつものことだ。
そっと掛け布団の端を捲れば案の定、ナマエは宗像に向かい合うような体勢で静かに眠っていた。

宗像は布団の位置を少しだけ下ろし、ナマエの肩から上を露出させる。
その細い首を飾る青いチョーカーを視界に収め、宗像は目を細めた。
いつ見ても、その首輪は宗像の醜い独占欲と執着心を甘く満たす。
誕生日プレゼントだと言って渡したあの日から、ナマエはいつでもこのチョーカーを首に巻いている。
それこそ、風呂に入るとき以外はいつだって。
律儀に就寝中でも外されないチョーカーを、宗像はそっと指でなぞった。
まるで身体の一部であるかのように、その青い首輪はナマエに馴染んでいる。
金属部分に触れると、少し冷たかった。

視線をサイドテーブルに向け、そこに置かれた時計で時刻を確認する。
午前七時を少し回ったところで、非番の朝としては遅くない起床時間だ。
しかし宗像は、目の前で眠るナマエを起こそうとは思わなかった。

セプター4に来てからというもの、ナマエの睡眠時間はそれ以前と比べて激減した。
宗像の家では毎日十二時間以上眠っていたナマエだが、今では恐らく長くても五時間睡眠がいいところだろう。
特に新体制へと切り替わる時期は、ほとんど眠れていない様子だった。
当然といえば当然だ。
王になった直後から、宗像は御前や首相との交渉、政財界への顔繋ぎ、必要な人材の確保等外部で奔走し、セプター4内部のことは全てナマエに一任していた。
既存の隊から宗像の手足として相応しくない人間を炙り出したのも、宗像が目を付けた新しい隊員の経歴、身辺調査を一身に引き受けていたのも、旧体制時代のシステムを全て白紙に戻しイントラネットを再構築したのも、全てナマエだ。
あの頃に比べれば、忙しさは緩和されたかもしれない。
だがナマエの能力に頼っている部分は未だかなり多く、決してナマエが満足し得るだけの休息を与えられていないのは事実だった。
特にナマエは、三大欲求の八割が睡眠欲に傾いているほど、眠りを必要とする人間だ。
相当な無理をさせてしまっているだろう。
そう思うと、非番の日くらい好きなだけ眠らせてやりたかった。

宗像自身はもうすっかり眠りから覚めていたが、ベッドを抜け出そうとは思わなかった。
宗像の浴衣を掴むナマエの手を解いてまでしたいことなど、あるはずもない。
それよりも今は穏やかに、眠るナマエを見つめていたい。
何の迷いもなく午前中の予定を決定した宗像は、シーツに散る黒髪にそっと指先を絡めた。
すう、すう、と漏れる微かな寝息は規則正しく、ナマエが深い眠りの中にいることを伝えてくる。
寝顔をもっとよく見たくなって、宗像はサイドテーブルから眼鏡を取り上げた。
鮮明になった視界で、伏せられた長い睫毛の一本一本までをじっくりと眺める。
入隊し外出する機会が増えてもなお、その肌は透き通るような白さを保ったままだった。

どのくらいの時間、そうしていただろうか。
不意にナマエが小さく身動ぎ、ん、と微かな声を漏らした。
宗像が見つめる先、睫毛が震え、薄い瞼がゆっくりと持ち上がる。
寝起きのとろりとした瞳が彷徨い、やがて焦点を宗像に絞った。

「………んん……、れ、いし……さん……」

小振りな唇から零れた言葉に、宗像は笑う。
ナマエが目を覚まして、最初に見るもの。
最初に呼ぶ名前。
それが宗像であることの、その幸福感に酔う。
最初、が全て、になればいいのに、とは言えない。
それでも今は、そんな醜い願いが脳裏を過ぎった。

「おはようございます、ナマエ」

宗像は手を伸ばし、ナマエの頬を優しく撫でた。
皮膚の上からでもはっきりと分かる頬骨に親指を滑らせると、ナマエが気持ち良さそうに目を閉じる。

「まだ眠っていても構わないんですよ」

宗像の体感から、まだ午前中であることは確実だ。
非番の日くらい、ずっと寝ていたって構わない。
そう思っての提案だったが、ナマエはふるりと小さく首を振った。

「……起き、ます。……今日は、礼司さん、いるから」

一緒だから、起きていたい。
起きて、言葉を交わし、同じものを共有したい。
ナマエが言葉にしなかった部分までをも聞き取り、宗像は頬を緩めた。

「では、まずは少し遅めの朝食にしましょうか」

宗像の提案に、ナマエが今度は頷いた。
瞼が再び持ち上がり、漆黒の瞳が宗像を映す。

「何か食べたいものはありますか?」

恐らく否定されるだろう、と予想して発した問いは宗像の予想通り首を横に振られ、苦笑せざるを得ない。
つくづく、食事に興味のない子だ。
ナマエの中では甘いものとそれ以外、という分類しかないようで、食べるものに全く頓着しない。
それどころか、放っておいたら何食も抜いてしまうような時もある。
宗像が情報室にクッキーを常備しているのは、せめて何か、この際菓子でもいいから口にしてほしいからだ。

「なら、パンケーキにしましょうか。南瓜のポタージュもつけるから、それもきちんと飲んで下さいね」

優しく言い含めれば、ナマエが再びこくりと頷く。
それを確認して、宗像はベッドから起き上がった。

暖かく穏やかで、優しい朝だ。




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