[3]君が立つ世界
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「さて、ミョウジ君。本題は何でしょうか」

宗像の確認が済んだ書類から顔を上げると、宗像は両肘をデスクについてナマエを見上げていた。
紫紺の瞳を真っ直ぐに向けられ、相変わらず勘の良い人だと感じる。
勘が良いというよりも、全てが見えているというべきか。
以前から宗像は全体を見通す力に優れた男だったが、王となってからはさらにそれが顕著だ。

「……緑の攻撃が、強まってきてます。……どれも、ジャブ程度、ですけど」

ナマエが、数枚の報告書を理由に宗像を訪ねた目的を素直に零すと、宗像はふむ、と頷いた。

「ずっと追ってますが……右肩上がり、です」

捉え所のない敵の存在に、宗像は目を眇める。

「君は敢えてセキュリティに穴を開けているのでしたね?」
「はい、そうです」

ネットワークを駆使した情報処理技術という分野において、ナマエに肩を並べる者はいない。
伏見をセプター4に勧誘した時と同じ手口で、ナマエは意図的に餌をちらつかせ、緑のクランの動向を探っている。

「……ただ、伏見さんが、こっち方面に強いので……」
「おや、勘付かれそうですか?」

意外そうに目を瞠った宗像の視線の先、ナマエが少し悔しげに小さく頷いた。
その拗ねたような表情に、宗像は胸の内でちら、と揺れた感情に目を伏せる。

「君は随分と、伏見君に対する評価が高いのですね」

口調はそのままに、何重にもオブラートをかけて含めた棘。
宗像の感情には気付かずとも、何か違和感を感じたナマエが、小さく首を傾げた。

「……室長が、評価してる、でしょ」

ナマエにとってそれは、宗像が信頼しているならば自分も信頼出来る、という意味だった。
しかし宗像としては、ナマエの素直な肯定があまり嬉しくない。
だがそれを素直に口にすることは憚られた。

宗像は、特務隊の一員であるナマエに、隊員という以外の明確な肩書きを与えていない。
それはナマエ自身が立場を望まなかったからであり、何かあった時に単独で自由行動が出来るようにという宗像の配慮でもある。
ゆえに書面上では、ナマエには二人の上官がいる。
宗像と、副長である淡島だ。
しかし宗像は、ナマエに彼女自身の裁量で自由に動く権限を与えていた。
つまるところナマエは、宗像の私兵扱いなのだ。

そのナマエが特務隊や情報課の面々と交流を持つことを、宗像は嬉しく思っている。
仲が良い、と表現するには少し足りないように見受けられるが、少なくとも特務隊の面々や伏見はナマエを認め、受け入れている。
ナマエの能力を信頼すると共に、妹のように見て気を配っている節もある。
大切にされている。
そのことを喜びこそすれ、不快に思うことなどないはずだ。
それなのに、こうしてナマエの口から伏見を認めるような言葉が出ると、複雑な心境になる。
もっとあからさまな表現をすれば、少し、面白くないのだ。

だなんて言えるはずもなく、その代わりに宗像は呼び慣れた名を口にした。

「ナマエ」
「仕事中です、室長」

その反応もまた、聞き慣れたものだ。
即座の切り返しに、宗像は苦笑した。

「……なんで、拗ねてるんですか」

宗像を見下ろし、少しだけ眉尻を下げたナマエの声質が変化したのを敏感に感じ取り、宗像は手の甲に顎を乗せる。
先ほどは飲み込んだはずの言葉が、今度はすんなりと口をついて出た。

「君と伏見君の仲が良さそうなので、少し妬けますね」
「………はい?」

なんですかそれ、とナマエが訝しむ。

「……別に、仲良くない、ですけど」

ナマエが本心からそう言っていることを、宗像は知っている。
だが、それが真実でないこともまた知っている。
ナマエは、自身に向けられる好意的な感情にひどく鈍感だ。

「いいえ。伏見君も、特務隊の彼らも、君のことを大切に思っていますよ」
「………はあ、」

心底理解出来ない、といった様子で、ナマエが曖昧に頷いた。
この少女はもう、自分の足で立っている。
宗像の作り上げた世界ではなく、ナマエ自身が築き上げた信頼の中で生きている。
宗像にはそれが誇らしく、喜ばしく、そして寂しい。

「………仲、悪い方がいいんですか」

黙り込んだ宗像に掛けられた言葉は、甘く優しかった。
それは宗像が、享受してはいけないものだった。

「まさか。君が皆と上手くやれているのなら、とても嬉しいですよ」

だから、宗像はそう言って微笑んだ。
それは完璧な表情で、誰をも納得させることが出来ただろう。
ただ一人、ナマエだけを除いて。

「……ナマエ?」

書類を小脇に抱えたナマエが、ひょい、と身を屈めた。
次の瞬間、その身体は音もなく宗像のデスクの上にあった。
端に腰掛けたナマエが、半身を捻って宗像を至近距離から見つめる。

「……その笑い方、嫌いですよ。……礼司さん」

零された言葉に、宗像は少しだけ声を詰まらせた。
そして、今度こそ笑った。

「……本当に、君は私に甘いですね」
「……そっちの方が、いいです」

宗像は唇に弧を描いたまま、デスクの上で上体を支えるナマエの右手に自身の手を重ねる。
白く、少し冷たい手だ。
とても、あちこちにクラッキングをかましてくる手とは思えないほど、小さな手。
この手に、宗像はいつも救われている。
そっとなぞればぴくりと動く指先を、キスの代わりに少しだけ握り締めた。

「………この状態だと、万が一唯識を起動させた時に、間違いなく食い付かれます。……とりあえず、そっちの強化からやります」

ナマエの声音が、仕事の時のそれに戻る。
宗像はその流れに逆らわなかった。

「分かりました。この件に関しては、君に一任します。必要とあれば、伏見君に協力させても構いませんよ」

宗像の言葉にナマエはこくりと頷き、音もなくデスクから飛び降りた。








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