[2]王様の恋人
bookmark


室長室の、重厚な扉をノックする。

「室長、ミョウジです」

室内から宗像の、常と変わらない声が入室を促した。
そういえばこの苗字も名乗り慣れたな、と感慨に耽りながら、ナマエは扉を押し開ける。
プレジデントデスクの向こう、宗像がにっこりと笑ってナマエを迎え入れた。
そのデスクに広げられているものの正体を認め、ナマエは小さく溜息を吐き出す。
残念ながらそこに部下が提出した書類はなく、代わりにジグソーパズルが並んでいた。
三分の一ほど完成したそれを見る限り、今回の絵柄は風景画らしい。
緑の濃淡が色鮮やかだ。

「おや、ミョウジ君。溜息などを吐いて、どうしました?」

何か悩み事ですか、と小首を傾げられ、ナマエは再び漏れそうになった溜息をかろうじて飲み込んだ。
別に、宗像の趣味をどうこう言うつもりはない。
更に言うならば、セプター4の中で最も非番が少ないのは宗像だということも知っている。
しかし、仕事を趣味と称し、ジグソーパズルと並列して扱うのはいかがなものかと思う。
仮にも組織のトップともあろう男が、部下の前で堂々とさぼりとは頂けない。

「……なんでも、ないですよ」

しかし結局のところ、ナマエは宗像に甘いのだ。
ジグソーパズルをしていようが、茶を点てていようが、仕事をしろとは言いづらい。

「ふふ、ミョウジ君は優しいですね」

ジグソーパズルのピースを弄りながら笑われ、ナマエは視線を横に流した。


ミョウジナマエ。
それが、今のナマエに与えられた正式な氏名だ。

二年前、宗像が青の王になり、ナマエは傍にいることを望んだ。
入隊を志望したセプター4という組織の書面上の肩書きは、東京法務局戸籍課第四分室であり、つまるところ国家機関だ。
当然ながら、就職しようと思えば公的な身分証明が必要となる。
そこで宗像は、ナマエの戸籍を捏造した。
幸いにも、宗像の肩書きは戸籍課第四分室の室長だ。
戸籍を一つ偽造することなど、造作もない。
ナマエの出生や本籍地などを、それらしくでっち上げた。
そこで問題となったのが、ナマエの苗字だ。
その時交わした問答を思い出すだけで、ナマエは頭が痛くなるような錯覚を覚える。




「苗字、ですか」

画面に表示された戸籍情報を見て、ナマエは呟いた。
なるほど確かに、画面の中の氏名欄が、苗字の部分だけ空白になっている。
名前の欄にはナマエの文字があった。

「はい、流石にナマエという名前だけでは戸籍が作れないので、何か苗字を決めないといけないのですが」

宗像はそう言って、ナマエを見つめた。

「宗像ナマエというのはどうでしょうか」

そこで飛び出した爆弾発言に、ナマエは言葉を失くした。
数秒の沈黙を経て、は、と聞き返す。
ナマエの視線の先、宗像はまるでこれ以上ないほど素晴らしい提案をしたとばかりに爽やかな笑みを浮かべた。

「………なんですか、それ……養子縁組ってこと、ですか」

せめてそうであってくれ、というナマエの願いは、次の瞬間宗像によってあっさりと打ち砕かれる。

「養子?いいえ、違いますよ、ナマエ。養子ではなく婚姻です」

ナマエはたっぷり十秒は固まった後、その案を却下した。
宗像は至極残念がってしばらく説得の言葉を並べ立てたが、ナマエが一向に首を縦に振らないので最終的には宗像が折れた。

「では、他に何か希望はありますか?」

そう言われても、ナマエには特に希望する苗字などない。

「……別に、何でもいいです。……宗像じゃなければ」

釘を刺すように強調され、宗像は苦笑しながら思考を巡らせた。
元々、ナマエにナマエという名を与えたのは宗像だ。
それはまだ出会った直後で、ナマエの行動や仕草が猫に似ていたことから、宗像の祖母が昔飼っていた猫の名前を貰い受けた。
後から考えると、随分と杜撰な命名だ。
今となってはもちろん宗像はその名が愛おしいし、ナマエ本人も気に入っている様子なので問題はないのだが、せめて苗字くらいは熟考の末に決めたい。
そうして宗像が提案したのが、ミョウジ、という姓だった。

「ミョウジ、ですか。……別に、それでいいですけど」

画面に打ち込まれた文字を眺め、ナマエは曖昧に頷く。
その姓が一体どこから降ってきたのかナマエにはさっぱり理解出来なかったが、別段不満も拘りもなかったのでそれを了承した。
それ以降、ナマエの氏名はミョウジナマエとなった。




「それより室長、これ、確認して下さい」

ナマエはデスクに近寄り、ジグソーパズルの上に書類を乗せる。
宗像はふふ、と笑い、言われた通りに紙面に視線を落とした。
書類作成者の欄に、ミョウジナマエの文字がある。
今ではもう、すっかり見慣れてしまった名前だ。

「はい、結構ですよ」

先日捕縛したストレインの調書に目を通した宗像は、確認欄に捺印して書類をナマエに返した。
どうも、とナマエがそれを受け取る。
書類をバインダーに挟み込むナマエを見上げ、宗像は目を細めた。


ミョウジという姓は、熟考の末などと言ったが、完全なる思いつきだった。

幼い頃、それは今も変わらないが、宗像は読書が好きだった。
最近では読むジャンルが偏ってきてしまったが、昔は恋愛小説から歴史書、哲学書に自己啓発本、ミステリー小説に至るまで、それこそ何にでも手を出した。
ミョウジという姓は、宗像が幼少の頃に読んだとあるファンタジー小説のヒロインの名から取ったものだ。
決して、その小説が特別に面白かったわけではない。
今思えば、随分とご都合主義で稚拙な作品だった。
だが、言葉の選び方やその並べ方が独特で、宗像の記憶に強く残った。

それは、とある一人の少女が中世ヨーロッパにタイムスリップをし、そこで王と恋に落ちる物語だ。




prev|next

[Back]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -