[1]繰り返される夜
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猫は、いつだって気紛れだ。

宗像はふと、感じた気配に意識を眠りの中から引き出した。
微かな音を頼りに感覚を傾ければ、玄関に薄い気配を捉える。
ほとんど無音に近い足音が近付いてくるのを感じ、宗像はゆっくりと瞼を持ち上げた。
この部屋のロックを開けられるのは宗像本人ともう一人だけだが、そのようなことを考えるまでもない。
宗像が、この微かな気配を読み違えるはずがない。
定時前の執務室で誘った時は、忙しいんで、と一言で切り捨てた部下の気配に、宗像は小さく笑った。

特務隊が発足してから、半月が経った。
ナマエにも当然寮に部屋が与えられ、普段基本的にはそこで寝ている。
だが、週に何度か、セプター4が事件を抱えておらず比較的忙しくない日の夜は、宗像の自室に泊まることがあった。
宗像が声を掛ける場合もあるし、ナマエから申告してくる場合もある。
お互い特に何も言わず、成り行きで夜を共にすることもある。
約束という約束は特になく、それらは全てその日の気分と仕事の進捗状況とで決まる。

今日の夕方宗像は、書類の束を手に室長室を訪ねてきたナマエを食事に誘った。
しかしナマエは仕事が忙しいの一言で宗像の提案を退け、さっさと情報室に戻ってしまった。
普段の宗像ならば強引に提案を押し通すところだが、ここ数日事件続きで無理をさせていることは流石に自覚していたので、それ以上言い募ることは出来なかった。
大きな事件が続けば、当然夜二人でゆっくりと過ごす時間もない。
ようやく片がついたのだから、久しぶりに職場を離れて二人きりになれるかと思っていたのに残念だと、宗像は一人自室に戻った。
それが、数時間前の出来事である。

そろりそろりと近付いてくる気配を、宗像は嬉しいような可笑しいような、不思議な心地で待っていた。
寝室のドアが薄く開き、小さな影が滑り込んでくる。
眼鏡を外しているので表情は見えないが、ばつが悪そうな顔をしているのは想像に難くない。
気紛れで、素っ気なくて、でも本当は寂しがりやな仔猫だ。
自分で誘いを断っておいて、それでも来てしまったことが気まずいのだろう。
宗像は目を細めると、片側の掛け布団をばさりと持ち上げた。

「おいで、ナマエ」

一人で寝ていても、いつだってベッドの左側は半分空いているのだ。
ナマエの驚く気配がして、その次の瞬間にはまるで猫さながらの俊敏な動きでナマエがベッドに飛び乗っていた。
スプリングが小さく軋み、布団の中に小さな温もりが潜り込んでくる。
宗像はその身体を難なく引き寄せ、両腕の中に閉じ込めた。

「仕事が忙しいんじゃなかったんですか?」

もぞもぞと宗像の胸元に額を押し付けながらベストポジションを探すナマエに、ほんの悪戯心で声を掛ける。

「……終わらせて、きました、から」

返ってきたのはくぐもった、妙に言い訳がましい口調で、宗像はくすりと喉を鳴らした。
時計を見ていないので分からないが、恐らくとっくに日付は跨いでいるだろう。
それでも、こうして会いに来てくれた。
誘いを一刀両断したことへの罪悪感だったのか、それともナマエも久しぶりの時間を求めてくれていたのか。
どちらにせよ、今ここにいるということに変わりはない。
宗像は、収まりの良い場所を見つけたのか大人しくなったナマエの髪に鼻頭を押し付けた。
自室でシャワーを浴びてきたのか、ふわりとシャンプーの匂いがする。
それはずっと前、まだセプター4に来る以前に宗像がナマエのために用意したシャンプーとトリートメントの匂いだ。
あの頃からずっと、ナマエの愛用するメーカーは変わっていない。

「お疲れ様、今日もありがとうございます」

頭の天辺に唇を落とせば、ナマエは何も言わなかった。
だが、纏う気配が少し優しくなった気がした。
宗像の腕の中、安心しきった様子で身を寄せる姿はずっと変わらない。
相変わらず身体を丸め、小さくなって眠る。
その手は宗像の浴衣の合わせを握り締めていた。
擦り寄ってくる小さな温もりに、愛おしさが募る。

「次の非番は、明後日でしたよね?」
「……事件がなければ、ですけど」

すっかり特務隊の一員としての自覚を持ってしまったナマエに、宗像は苦笑する。
仕事中など、宗像よりもナマエの方がよっぽど真面目だ。
それをありがたく、そして誇らしく思うと共に、一抹の寂しさも感じてしまうのは宗像の我儘だろうか。
宗像が王になる以前の、まだ二人きりで暮らしていた頃を懐かしく思う。
何をするにも一緒で、そこには誰も、何も介入することなく、ナマエの世界は宗像だけで成り立っていた。
あの、歪ながらも幸福で満たされていた優しい日々が、今はもう遠い過去だ。
宗像には王という肩書きがつき、ナマエは部下となった。
もう宗像がナマエのことだけを考えていることは出来ず、ナマエの世界もまた宗像以外のものを受け入れている。
二人の関係は、その在り方を大きく変えてしまった。

「明後日、私も休みを取ります」
「………は?」

それでも、変わらないものがある。
こうしてナマエを抱き締める度、宗像はそれを思い知る。
唯一無二の、大切な存在。
宗像が王の肩書きを忘れ、ただの宗像礼司に戻ることが出来る、たった一つの場所。
それが、ナマエの傍なのだと。

「一日中、一緒にいましょう」
「………仕事、溜まるんですけど」

この愛しい仔猫を抱いて眠る夜だけが、宗像を本当の意味で休ませてくれる。
全ての柵を、取り払ってくれる。

「ふふ、明日中に片付けると約束しますよ」

まるで、あの頃に戻ったかのように。
息のしやすい、安らかな時間をくれる。

「……普段から、そのくらいやってほしいんです、けど」
「おや、手厳しいですね」

くつくつと喉を鳴らせば、宗像の腕の中でナマエが小さく溜息を吐いた。
だが、宗像の浴衣を握る手の力は緩まない。
その手こそが、何よりも雄弁にナマエの心情を物語ってくれる。

「………ケーキ、食べたいです」

了承の代わりにぽつりと漏らされた珍しいおねだりに、宗像はきょとんと目を瞠り、そして柔らかく笑った。

「ふふ、分かりました。では、ナマエの好きなチョコレートのケーキを買いに行きましょうか」

宗像がそう提案すれば、こくりと頷く気配。
宗像は微笑んだまま、ナマエの頭をそっと撫でた。






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