いつだってあなたを想う[3]
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「ナマエからは連絡をくれませんし、名前で呼んで欲しいと言っても応えてくれません。いつもどことなく面倒臭そうな態度で、あまり笑いかけてもくれません」

情けない話ですね、と眉尻を下げた宗像を見て、草薙は奇妙な感覚に深く息を吐いた。

宗像礼司という男について、さほど詳しいわけではない。
だが、彼はいつも泰然自若としていて、決して人に弱みを見せない男だった。
その宗像が、今夜初めて顔を俯け哀愁を漂わせている。
項垂れる宗像の頭を見下ろして、草薙は目を細めた。
いつも、その肩書きや老成した態度ゆえに失念してしまうが、宗像は草薙よりも年下なのだ。
こうして見てみると、王など何の関係もない、まだ未熟で初心な青年に思える。
草薙が視線を感じて微かに首を傾ければ、周防が目だけでお前がどうにかしろ、と訴えかけていた。
草薙はひょいと肩を竦めることで、それに答える。
元々、王という存在感の塊みたいな男なのだ。
発せられる負のオーラもまた濃厚で、正直気が滅入る。
それならばまだ、惚気話を聞かされる方が幾分かましだろう。
それに、こうして落ち込む姿を見ていると、どうしてか励ましてやりたいような気持ちにさせられた。

「……なあ、宗像はん、」

しかし、色恋には他人からのアドバイスなど大した役にも立たない。
何と言って慰めたものかと思案しながら呼び掛けたところで、不意にその声はドアのベルに遮られた。

からん、と鳴り響いた音につられてドアの方を見れば、驚いたことにそこには見慣れた青い制服姿があり、草薙は瞬時に警戒心を強める。
しかし、そこに立つのが男ではなく女だと気付き、まさか、と目を瞠った。
入ってきた女はさっと店内に視線を走らせると、左腰に佩いたサーベルの柄に掛けていた手を離した。

「室長、」

何とも面倒臭そうな、呆れたような声音だった。
宗像が弾かれたように顔を上げ、その勢いのままに振り返る。

「ナマエ!」

宗像の声で呼ばれた名前に、草薙はやはり、と苦笑した。
立ち上がった宗像の元に、ナマエがブーツの音を響かせながら歩み寄る。

「こんなところで何やってるんですか、室長」

確かにその口調からは、上司に対する恭順も恋人に対する愛情も感じられなかった。
しかし宗像は迎えに来てくれたことが余程嬉しいのか、今までの落ち込みようが嘘のように声を弾ませる。

「まさか、迎えに来てくれるとは思いませんでした。ありがとうございます、ナマエ」

そう言って蕩けるような笑みを浮かべた宗像を見て、草薙と周防は顔を見合わせると同時にその顔を顰めた。
先ほどまでとは違った意味で、誰だこれ状態である。

「別にどこで飲んでても構いませんけどね。一応、ここに来るなら誰か一人連れて行って下さいよ」
「では、今度からは君が一緒に来てくれますか?」

にこにこと笑う宗像に対し、ナマエは不機嫌そうな表情を隠さない。
だがそれでも溜息と共に小さく頷いた姿を見て、草薙は不覚にも少し安堵した。

なんや、照れとるだけやん。

そう、小さく呟いてみる。
宗像の心配は杞憂でしかないようだと気付けば、何となく嬉しいような感覚があった。
敵さんやのになあ、と苦笑する。

「とりあえず、もう帰りますよ」
「一緒に帰ってくれますか?」
「同じ所に帰るんだからわざわざ別行動しなくたっていいんじゃないですか」
「手を繋いでもいいですか?」
「……いや、制服なんで勘弁して下さい」
「だったら帰りません」

……ええ加減にせえよ。

「置いて帰りますよ」
「…………」
「……ああもう、分かりましたから」
「恋人繋ぎでもいいですか?」

早よ帰れこのあほんだら!

「………あの、この人、結構飲みました?」

宗像の台詞にうんざりした顔を浮かべたナマエに声を掛けられ、草薙は苦笑した。
日頃の苦労が知れるというものだ。

「ああ、せやねえ。六杯くらいとちゃうかな」

なるほど、これは酔っているサインなのか。
ナマエの肩口に額を擦り付けて甘える宗像を見ないように見ないようにと意識しながら、草薙は納得する。

「これで足りますか?」
「いや、むしろちょっと多いわ」

ナマエがポケットから取り出した数枚の札を確認し、草薙が余分を返そうとする。
しかしナマエは小さく首を振って、それを受け取らなかった。

「迷惑料ですから」
「いや、でもなあ、」
「借りは、作りたくないんです。受け取って下さい」

そういうことかと、草薙は言葉に含まれた意味を察して頷く。

「おおきに。ほんならそういうことにしとくわ」
「はい、それでは、」

失礼します、と続くはずだった言葉は、相変わらずナマエの首筋や肩に顔を埋める宗像の声に遮られる。

「ナマエ。いつまでもその男と話さないで下さい」
「だったらお金くらい自分で払って下さい」

ぴしゃりと切り捨てられ、宗像が拗ねたような顔をする。
ああ、これは尻に敷かれるパターンだな、と。
草薙は、生温かい心地で二人を眺めた。

「ほら、帰りますよ室長」
「……今はプライベートです」
「分かりましたから帰りますよ宗像さん」
「……苗字は嫌です」
「もう黙って下さい…………れ、いし、さん」

その瞬間、宗像の顔の周囲に花が咲く。
凄まじく不機嫌そうな顔をしたナマエが宗像の手を強引に引いて、最後に草薙と周防に小さく頭を下げるとドアへと大股で歩いて行く。
がちゃん、と大きな音を立ててドアが閉まる直前、草薙の視線に映った二人の手は、確かに指まで絡められていて。

「………なんや、えらい幸せそうやん」

草薙の独り言に、周防は小さく鼻を鳴らした。






いつだってあなたを想う
- 言葉に出来ない好きを伝える指先 -






あとがき

由那様へ

お待たせ致しました。42万キリ番にてリクエストを頂いておりました、激甘宗像さんです。
…………げ、激甘宗像さん……のつもり、です……。あ、あまり甘くないというか、ヒロインちゃんの登場シーンが少なすぎるというか……色々と残念な仕上がりになってしまって申し訳ありません……!!
草薙さんや尊さんに惚気る宗像さん、というのも面白いかと思ったのですが、そっちに比重が傾いてしまって、肝心のヒロインちゃんとの絡みが薄くなってしまいました。反省しております(>_<)
あの、お気に召さない点がございましたら書き直させて頂きますので、遠慮なくお申し付け下さいませ。
この度は、リクエストを頂けてとてもとても嬉しかったです。ありがとうございました。これからも、The Eagleをよろしくお願いします(^^)




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