いつだってあなたを想う[2]
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もう、全部が全部、想定の範囲外だ。

草薙はこれまで、青の王のプライベートなど想像したこともなかったし、知りたいと思ったこともなかった。
対立する組織のトップである以上、必要最低限のパーソナルデータは把握していたが、無論そこに男女交際の遍歴など含まれない。
だから恋人の有無など知り得なかったのだが、いざ実際にその口から恋人の存在を聞くとかなり意外だった。
この浮世離れした宗像礼司という人間は、恋だの愛だのには興味がなさそうな印象が強かったのだ。
しかし、いくら秩序を司る王といえども、所詮は一匹の雄ということか。

だが、それは別に構わない。
王に可愛らしいお姫様がいようが、王がそのお姫様を溺愛していようが、他色のクランズマンとしては知ったことではない。
問題は、草薙の目の前で延々と惚気話を披露している男が、一切の酔いを見せずに日頃と何ら変わりない姿を見せていることだ。
ぴしりと伸びた背筋に、崩れることのない丁寧な口調。
中性的な美貌には、余裕のある微かな笑み。
どれもこれもが、制服を纏いサーベルを携えている時と全く同じなのだ。
なのにその口から飛び出すのは、恋人とどんな話をしただの恋人と何を食べただの恋人が可愛いだの恋人が愛しいだのといった、どこぞの男子高校生みたいな内容ばかりで、表情や口調と全く一致しない。

これが、照れや酔いを含んでいれば、草薙もまだ対応のしようがあった。
もちろんどちらも鬱陶しいことこの上ないのだが、前者であれば揶揄して意趣返しすることも出来たし、後者ならば適当に聞き流すことも出来た。
しかし生憎と、すでにアルコール度数の高いウイスキーを五杯以上飲み干しているにも関わらず、宗像は素面の様相を崩さない。

「それでですね、私がキスをしようとすると、必ず少し抵抗するんですよ。嫌だと言って、顔を背けるんです。でも、指先は絶対に私の服を掴んでいるんですよ。これが所謂ツンデレ、というものでしょうか」

ああうん、せやね。

「そこで強引にキスをすると、必ず目を強く瞑るんですよ。それがとても可愛らしくて」

はあ、さよか。

「貴方、抜いたら殺しますよ」

抜かへんわ阿呆!

もう、お手上げ状態である。
草薙は黙って今夜何本目かの煙草に火をつけた。
ちなみに周防の目の前に置いてある灰皿も、既に吸い殻でいっぱいいっぱいだ。

「先日もですね、監視カメラを確認していたらとても可愛らしい寝巻き姿が映っておりまして、」
「………ちょお待ってえな宗像はん」

聞き取ってしまった不穏な単語に思わずストップを掛ければ、「はい?」と首を傾げられて草薙はげんなりした。

「監視カメラて何やのん?」
「ああ、私はナマエの部屋にカメラを仕掛けているのですよ。いつ何時、彼女に危害が及ぶか分かりませんからね」

念の為です、と付け加えられ、草薙は今度こそ力なく項垂れた。
どこの世界に、恋人の部屋に監視カメラを設置し、さらにそれを堂々と告白する男がいるのか。
この男こそが危険人物だ。

「………宗像ァ。それ、ただのストーカーじゃねえのか」
「おや。随分と失礼なことを言うのですね、周防」
「いや、あかんわそれ。それはあかんで」

草薙は、まだ顔も知らぬナマエという女の身を案じた。
話を聞くところそのナマエは青のクランズマンのようだが、一体どういう経緯で宗像との交際に至ったのか。
まさか上司命令だとかで強制されているのではないかと、そんな心配までしてしまう始末だ。

「そこまで批難されるとは心外ですね。私はただ、彼女の身の安全を第一にと考えているだけですよ。決して、毎晩録画しておいた映像で楽しんでいるわけではありません」

まるで息をするかのように嘘を吐いた宗像を見て、草薙は一層強い懸念を抱く。
だが、突くと藪蛇になること間違いなしだったので、それ以上の追及は断念した。

「ちなみに、その時は薄い水色のパジャマでした」

知らんわ阿呆。
草薙はそう叫びかけて、咄嗟に口元に手を当てる。
その行動をどう誤解したのか、宗像が剣呑な視線で草薙を射抜いた。

「想像したら殺しますよ」
「ほんなら教えんなや!」

今度こそ、殺しきれなかった怒声が漏れる。
それまで何だかんだ大人しく話を聞いていた草薙の怒鳴り声に、宗像は不満げな表情を浮かべた。

「仕方ないでしょう。ナマエは、私が部下たちに彼女の話をすると怒ってしまうのですよ」

自慢する相手が他にいないのです、と切実な口調で訴えられ、草薙ではなく周防が舌打ちをした。
普通、職場の上司との特別な関係など隠しておきたいに決まっている、と思った草薙の目の前で、宗像は全く異なる持論を展開し始めた。

「……もしかしたらナマエは、私との交際を快く思っていないのかもしれません」

どうしてそうなる、と目を眇めた草薙の視線の先、宗像の、ずっと笑みを浮かべていた顔に翳りが差す。
一気にトーンの落ちた声音に、それまで頑なにカウンターを睨み付けていた周防までもが横目で宗像を窺った。

「……本当は、私はナマエに好かれていないのではと、そんな気がしてしまって、」

ふふ、と宗像は笑った。
だがその笑い方は、先程までのそれとは全く異なり、あからさまな寂しさで成り立っている。
自嘲とも取れる笑みに、草薙も周防も咄嗟に言葉を選べなかった。








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