いつだってあなたを想う[1]
bookmark


「私の話をきちんと聞いているのですか?」

弦楽器のように、空気を揺らす低い音。
その口調には寸分の狂いもなく、整然としている。
内容には若干の棘が含まれていたが、それを感じさせないほど淡々とした声音だ。

ああ、なんでこないなことになっとるんやろ。

問われた草薙は、頭を抱えてカウンターに突っ伏したい衝動を抑え込むと唇を歪に緩めた。


事の始まりは、二時間ほど前に遡る。

夜も更け、すっかり客の引いたHOMRAの店内で、草薙は表のプレートをCLOSEDに変えた後に周防と二人で酒を飲んでいた。
カウンターの内側に草薙が立ち、周防は中途半端な体勢でスツールに腰掛けるという、いつもと同じシチュエーション。
各々、そろそろ一杯目のグラスが空になるかという頃だった。
ほとんど無言のままに酒を楽しんでいたためそれまで静かだった店内に、からん、とドアベルの音が響き渡る。
草薙は音の出処を振り返って、条件反射の営業スマイルを浮かべた。

「すんまへんなあ、今夜はもう、」

しかし、言葉に出来たのはそこまでだった。

「どうも、こんばんは」

からん、と閉められたドアを背後に立っていた男に草薙は声を失くし、周防が「あぁ?」と剣呑に唸る。
そこには青の王、宗像礼司が立っていた。

「……ちょ、あんた、何してはるん?!」

我に返った草薙が、珍しく焦りを滲ませた声で問い詰める。
その反応は必然だっただろう。
HOMRAは赤の王権者属領で、店内にいるのはそのクランの幹部二名、しかもその内の一人は何を隠そう赤の王本人である。
そこに、事実上対立関係にある青の王が、護衛も付けずにのこのこと一人で踏み込んで来たのだ。
驚くなというのが無理な話である。

「何、と言われましても。お酒を飲む以外の目的がバーにあるとは思えませんが」

だがそんな諸々の事情を全て気にしていない素振りで、宗像は気負った様子もなくカウンターに近付いて来る。
草薙は慌て、周防は不機嫌さを隠しもせず眉間に深い皺を刻み込んだ。
しかし宗像は、どう考えても歓迎からは程遠い対応を丸ごと受け流して微笑んだまま、草薙に止める間も与えずスツールに収まってしまう。
周防との間に空席を一つ挟んで腰を落ち着けた宗像を見て、草薙は呆れたように蟀谷を押さえた。

「ほんま、何考えてはるん。青の王ともあろう方が」
「私は今プライベートですから、その呼び方はご遠慮願いたいですね」
「はあ、プライベートねえ」

なるほど確かに、宗像はいつもの堅苦しい制服を身に付けてはいなかった。
青いストライプの入ったシャツと、ダークグレーのジャケット。
決して砕けた格好ではないが、ネクタイを締めていないところを見る限り、完全にオフの仕様なのだろう。

「………ええか、尊?」

草薙がちらりと自らの王を窺い見れば、周防は盛大に鼻を鳴らしてからグラスを呷った。

「てめえの店だ、好きにしろよ」

周防の了承を得、草薙は「ほな、」と態度を改める。
宗像がプライベートだと言い張るならば、それに応えるしかあるまい。
上機嫌で接客をしたい相手ではなかったが、こちらがバーテンダーとして相応しくない私情を持ち込めば、相手にもそれを許すことになる。
あくまでも一人の客としていてもらうためには妥協も必要だと、草薙は笑みを浮かべた。

「宗像はん、ご注文は?」

草薙の言葉に宗像はくすりと喉を鳴らし、思案するようにカウンターのシェルフに視線を走らせた。


それから、二時間が経過した。

草薙は今、激しく後悔している。
あの時、無理矢理にでもお引き取り願えば良かったと、心底思う。
だが、そんなものは後の祭りだ。
せめてもの救いは味方がもう一人いることだろうが、その周防はといえば完全に意識を別世界に飛ばしている。
恐らくそれが、最も正しい行動だ。
生憎、バーテンダーという立場を主張する以上、草薙に同じことは出来ないのだが。

「ふむ、話を続けますよ。……どこまで話したのでしたでしょうか」

これほど答えたくない問いもない。
だが、また同じ話を繰り返されては堪ったものではない。
草薙はすでに崩れ切った愛想笑いを何とか張り付け、渋々答えた。

「ナマエちゃんがあんたのタンマツにメールを送ってきた、ってところまでや」
「名前で呼ばないで頂けますか」
「………ああ、こらすんまへんなあ」

やってられるか、と。
草薙は胸の内で毒付いた。
苗字知らへんのやから他に呼びようあらへんやろ、と反論したくなったが、それは得策でないと知っているので言葉を飲み込むしかない。

「いいでしょう、二度はありませんよ」

王の名に相応しい横暴さにほとほと呆れながら、草薙は話の続きを促した。
聞きなくはないが、仕方ないのだ。

「それは、ナマエが初めて職務外で送ってくれたメールだったのですよ。ふふ、何が書いてあったと思いますか?」
「知るか」

草薙が飲み込んだ心の声が、今度は周防の口から飛び出した。
心底下らない、とばかりの横顔を見遣り、一応話は聞いていたのかと、草薙は少し意外に思う。
一方の宗像はといえば、一刀両断されたことなど気にも留めていない様子で再び空気を揺らした。

「また、部屋に行ってもいいですか、って。……どうです?私のナマエは可愛いでしょう?」

もう、相槌すら打てそうにない。
草薙は、入店から約二時間、延々と恋人の自慢話を続ける宗像を視界の端に収め、盛大な溜息を誤魔化すべく煙草に火をつけた。







prev|next

[Back]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -