それは陽だまりに似て[2]
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大丈夫とは言ってみたもののやはり身体はつらく、ベッドに寝転べばそのまま沈んでいくような感覚に陥った。
しばらくぼんやりと天井を見つめていると、寝室のドアが開きはじめさんが現れる。
その手には、小さなガラスの器があった。

「食べられそうか?」

はじめさんに背中を支えられ、ベッドの上に起き上がる。
器に添えられたスプーンで、ヨーグルトにまみれた桃を掬い上げた。

フルーツヨーグルトサラダ、私の好物だ。
いつだったか、今と同じように私が体調を崩した時、はじめさんが作ってくれた。
それ以来我が家では、風邪の時の定番となっている。

「やっぱり、はじめさんの作ってくれるこれは美味しいですね」
「ヨーグルトと果物の缶詰を混ぜ合わせただけだ」

ひやりと喉を滑り落ちていく冷たさが心地好い。
はじめさんは何でもないことのように言うけれど、お粥が好きではないと言った私に作られたこのサラダは、はじめさんの優しさが詰まっていた。

器の中身を全て食べ終えると、はじめさんが水の入ったグラスと市販の風邪薬を手渡してくれる。

「まだ冷蔵庫に冷やしてある故、腹が減ったら言ってくれ」

そう言って微笑むはじめさんの存在がいつもより柔らかく感じられるのは、はじめさんが普段よりも優しいからなのか、それとも私が風邪を引いているからなのか。
どちらにせよ、そばにある温かい気配が嬉しくて、私は笑った。

「眠気はどうだ?起きたばかりだし、まだ眠くはないか?」
「そう、ですね。少ししんどいだけで、眠くはないかも」

分かった、と頷いたはじめさんが、空になった器を持って寝室を出て行く。
しばらく待っていると、今度はビジネスバッグを持って戻って来た。
何だろうか、とその挙動を見ていると、中から家の近所にある大型書店のロゴが入ったビニール袋が出てくる。
そこから取り出されたのは、旅行雑誌だった。

「どうしたんですか、それ?」
「昨日の帰りに購入した。実は来月末にまとまった休みを取れることになったのだ。とは言っても二泊三日が限度だろうが、どこかに出掛けぬか?」

それは、突然のサプライズ。
次の瞬間には、はい、と大きく頷いていた。

「熱が上がるからあまり興奮するな」

苦笑したはじめさんは雑誌とボールペンをベッドの上に起き、ヘッドボードに枕を立て掛けると、そこに私を凭れさせた。
クローゼットから取り出されたカーディガンが、私の肩に掛けられる。

「隣、失礼する」

律儀にそう言って、はじめさんは私の右隣りに身体を滑り込ませた。
二人でベッドに並んで座り、太腿まで布団をかけ、その上に雑誌を広げる。
今時、ネットでも簡単に情報を得ることは出来るけれど。
私もはじめさんも、こうして雑誌を捲り、気になった箇所に丸をつけ、ページの端を折り曲げてドッグイアを作るのが好きだった。

車で行ける範囲から行き先をいくつかピックアップし、ページを捲る。
ここのランチが美味しそうだとか、道の駅に名物のアイスクリームがあるだとか、この旅館は雰囲気が良さそうだとか。
肩を寄せ合い、一冊の雑誌を覗き込んで、ボールペンを滑らせる。
いつもは大抵私が提案してはじめさんはそれに同意するだけだけれど、今日ははじめさんも色々と案を出してくれる。
きっと、私をあまり喋らせないようにと配慮してくれているのだろう。
はじめさんの柔らかい声で語られるプランはどれも魅力的で、想像しただけで楽しくなってくる。

「ここの旅館はどうだ。部屋からの眺めが良いらしい」

はじめさんの指の先、写真と共に掲載された紹介文を読む。

「……ああ、こちらも良さそうだ」

長い指が移動し、また別の写真を示した。
それに従い、設備や食事の案内に目を通す。

「いや、こちらも……、」
「はじめさん」

再びスライドする指先が向かう先をちらりと見て、名前を呼んだ。
なんだ、とはじめさんが私を振り返る。

「……さっきから、部屋付きの露天風呂がある旅館ばかりなんですけど、」

そう指摘すると、はじめさんは驚いたように息を飲み、一瞬沈黙し、そして次の瞬間にひどく上擦った声を上げた。

「べっ……、いや、その、決して意図して選んだのではなく、その、偶然そうであっただけでありっ、俺には決して疚しい気持ちなど……!!」

途端に顔を真っ赤にして、反対側を向く。
でも、髪の隙間から覗く赤い耳は隠せていなくて、ふるふると羞恥に震える肩は正直だ。
分かっていた。
はじめさんがそれを意図して選んでいたわけではないことなんて、知っている。

ふふ、と思わず笑みが零れた。
耳聡くそれを聞き付けたはじめさんが、真っ赤な顔のまま振り返る。
視線が絡み、藍色の瞳が揺れているのが見えた。

「っ………、も、もう寝ろっ」

雑誌を閉じ、はじめさんが慌ただしくベッドを出て行く。
右隣りのシーツに残された乱れが、なぜだかさらに笑いを誘う。
フローリングに下りたはじめさんは、笑い続ける私をしばらくは憮然と見ていたけれど、やがて相好を崩した。

「まずは風邪を治すのが先決だ。眠るまでここにいてやるから、もう休め」

身体の芯に溶けていくような、穏やかな声。
その声は不思議と眠気を誘い、私は素直に頷いた。
ベッドに横になれば、肩まで引き上げられる布団。
隙間から手を出せば、ひと回り大きな温もりに包まれる。


「おやすみ」


静かな声に促され、意識は眠りの中に溶け込んだ。





それは陽だまりに似て
- 目覚めても繋がれていた手に微笑う -





あとがき

あいり様へ

大変お待たせ致しました。現パロ年上斎藤さんに甘やかされるお話ということで、こんな感じになったのですが……いかがでしたでしょうか。
年上要素が……呼び方にしか現れていないというこの申し訳なさ……!! しかも、書き上げてから気付いたのですが、名前変換がないという大失態。甘やかされているとは思うのですが……。
体調を崩したとき、そばにそっと寄り添ってくれる温もりというのはありがたいもので。もちろん身体はつらいのですが、すごく優しい気持ちになれるんじゃないかな、と。そう思います。
書き直しは随時承りますので、何かございましたらお申し付けくださいませ。

いつも、日記の内容を拾ってメッセを送って下さりありがとうございます。先日のシチュCDトーク、とても楽しかったです(^^)
またお時間がございましたら構って頂けると嬉しいです。

この度はリクエストありがとうございました。これからもよろしくお願いします。





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