呼ぶ名はただひとつ[4]
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ミョウジが宗像に告げた場所は、鎮目町にあるカジノだった。
侵入した宗像は室内にいた男たちを、自身の姿を見せることなく昏倒させ、奥の部屋まで進んだ。
がん、と蹴り開けたドアの向こう。
そこには、ベッドに横たわる全裸のミョウジがいた。

「……し、つちょ……」

両手に掛けられた手錠はベッドの支柱に繋がれ、手首からは血が流れている。
髪は散々に乱れ、顔や胸元、腹部には大量の精液が未だ乾ききることなく付着している。
首筋や太腿には赤黒い鬱血痕。
室内には、雄の臭いが充満していた。

「この、大馬鹿者が……っ」

宗像は食い縛った歯の奥から怒声を吐き出し、抜き身のサーベルで手錠をベッドから切り離した。
顔の側に、見慣れぬタンマツが転がっている。
恐らくは自由な足を使い、男の隙を見て奪ったのだろう。
サーベルを鞘に収め、ミョウジの上半身を支え起こす。
制服の上着を脱いで着せ掛けようとしたところで、ミョウジが身じろいだ。

「駄目です、汚れちゃ、」
「黙りなさい」

宗像はミョウジの言葉を一言で切り捨て、その華奢な肩には大きすぎる制服を掛ける。
そのまま身を屈め、お世辞にも綺麗とは言えない身体を抱き締めた。

「し、……っ」

宗像の知らない、男を誘うための甘ったるい香水の匂い。
どこの男のものとも知れない、性の臭い。
心底不快だった。
だが同時に、心底安堵していた。

「今後一切、このやり方は許可しません」

抱き締めたままそう言えば、ひくり、とミョウジの肩が震える。
首筋に残る痕が、宗像の衝動を後押しした。

「……申し訳、ありませんでした……」
「それは何に対する謝罪ですか」

ぼそぼそと呟かれた言葉に、宗像は眉を顰める。
恐らく何も分かってはいない、という宗像の予想は的中した。

「……室長のお手を、煩わせてしまった、失態について、です」

肺が空になるのではないかというほど、宗像は大きな溜息を吐き出した。
もう一度、ミョウジの肩が揺れる。
宗像はミョウジを拘束する腕の力を緩め、真正面から視線を合わせた。
いつもは感情を映さない瞳が、宗像を不安そうに見ている。

「君は本当に、仕方のない子ですね」

そう言うと、ミョウジの眉が情けないほどに垂れた。

「……分かって、ます。……私は、クランズマンとしての力も、別に強くなくて、だからこういうやり方でしか、役に立てないと思って、だから、」

尚も何か言い募ろうとする唇を、宗像は勢いよく塞いだ。
至近距離に、見開かれたミョウジの目がある。
初めて交わした口付けは、ひどい味だった。

「もう、諦めます」

唇を離せば、ミョウジがぽかんと惚けた顔で宗像を見ていた。

ずっと、気付いていた。
気付かないふりをしていた。
やがて、その感情を認めざるを得なくなった。
今度はそれを抑え込むことに必死になった。
だが、もう、どうにもならない。

宗像の目の前には、散々に汚された身体があった。
シチュエーションは最悪だ。
これまでにこの身体に触れた全ての男を惨殺してやりたいと思った。
だが、それを上回って余りある、愛おしさがあった。

「もう二度と、他の男に身体を差し出すことは許しません。二度と、私以外の誰にも触れさせないで下さい」

え、と口を開けたミョウジが、目を瞠る。
その目に、二度と自分以外の何かを映させたくないと、宗像は思った。

「もし万が一そんなことがあれば、先ほど言った通り剣を落としますよ。私と君と、その男と、百万人を巻き込んで、全て殺してやります」

真っ直ぐに見つめて宣言すると、ミョウジはしばらく絶句して、やがて小さく呟いた。

「……しつちょ、馬鹿なんですか」

言うに事欠いてそれかと、宗像は再び盛大な溜息を吐く。

「私も男ですからね。愛の前には馬鹿な生き物ですよ」

少し微笑んでみせた。
するとミョウジは再び言葉を失くし、はくはくと唇を開閉させた後、愛、と繰り返す。

「……えっと、……室長って、実は結構、隊員のこと、愛してくれてる、んですね」
「……………はい?」

今度は宗像が絶句する番である。
全くもって見当外れな解釈をしたミョウジを見て、宗像は三度目の溜息を何とか飲み込むと、ぐ、と顔を近付けた。

「ナマエ、よく聞きなさい」

ナマエの両頬に手を添え、逃げられないよう抑え込む。
その上で、視線を絡めた。

「君を、一人の女性として愛していると、そう言っています」

ミョウジからの反応はない。
キャパシティをオーバーしたのか、瞬きすらしなかった。

「さあ、君の返事を聞かせて下さい」
「……………へ、んじ……?」

瞳が揺れ、唇が蠢く。
不味いと分かっていて、だがもう一度触れたいと思った。

「そうです。先ほど言いましたね。二度と、他の男に身体を許すな、と。約束をして下さい」

宗像が命令だと言えば、ミョウジが情報収集のために男と寝ることはなくなるだろう。
だが、宗像の求めるものはそうではない。
ミョウジ自身の意思で、ミョウジが望んで、宗像だけのものになってほしいのだ。

「君の返事を聞かせて下さい。そして、肯定以外は聞きたくありません」

戸惑うように口を噤んでいたミョウジが、不意に口元を緩めた。
何ですかそれ、と笑みを含ませた声が小さく漏れて。
そして宗像が見つめる先、ミョウジは目を細めて笑った。

「……約束、します。……礼司、さん?」

待ち望んでいた答えに、宗像はふ、と笑う。
そして、目の前の唇をもう一度奪った。
唇も、絡めた舌も、やはり不味かった。
だが、ミョウジが小さく漏らした喘ぎ声だけは、甘やかだった。





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