呼ぶ名はただひとつ[3]
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限界だ、と宗像は判断した。

一人、朝から鎮目町を駆けずり回った。
連れ込み宿やそれに類する施設でセプター4の標章を突き付け、未確認のストレインが云々とでっち上げ、ミョウジを探した。
しかし昼になってもその姿は見つけられないまま、時間だけが無情に過ぎていく。
ミョウジがターゲットと接触してから、十二時間を越えてしまった。

宗像は出来ることならば、この件に部下を巻き込みたくなかった。
部下の身を案じてのことではない。
宗像が当たりをつけた鎮目町という地域は、赤の王権者属領に近すぎる。
この街でセプター4の隊員が大勢動き回るのは、赤と青との関係において非常に危険な行為だ。
さらに、いくら宗像が事情を誤魔化して捜索の指示を出したとて、ミョウジの姿を見つけた隊員は真相を知ってしまうだろう。
宗像の失墜は、問題ではない。
しかし、ミョウジはどう思うか。
知らない男に身体を開くのと、仲間にそれを知られるのとでは、意味が異なる。
彼女の心情を慮ると、迂闊に捜索の人員を増やすことは憚られた。

だがもう、そんなことは言っていられない。
すでに命の保証などないが、時間が経てば経つほど可能性は下がる一方だ。
周防に直接話をつけ、ローラー作戦に出るしかない、と。
宗像がタンマツを取り出した時、不意にもう一方の、私用のタンマツが鳴った。
確認した画面に並ぶ、知らない番号。
宗像の躊躇は一瞬だった。

「はい、もしもし」

だが、名乗ることはしない。
宗像の私用タンマツの番号を知っている人間というのは限られている。
親族と、隊員のごくごく一部のみ。
このタンマツに、登録されていない番号からの電話が掛かってくるということはまずあり得ない。
しかし今は、一つの可能性があった。

「………し、つちょ………」

息を飲む。
回線の向こうから聞こえた微かな声に、全身が総毛立った。

「ミョウジ君?!」

気付かぬうちに、往来のど真ん中で声を張っていた。
けほ、と咳き込む音が耳に届く。

「……す、みません。しつちょ、今日、やすみ、ください……」

あまりにも状況にそぐわない言葉に、宗像は思わず怒鳴った。

「馬鹿なことを言っていないで、今どこにいるか教えなさい!」

電話口の向こう、ミョウジの驚く気配がする。
宗像は思わず舌打ちをしたくなった。

「……場所、言ったら……どうするつもり、ですか?」
「助けに行きます」

何を分かりきったことを、と即答すれば、ミョウジが小さく息を揺らす。
次いで聞こえてきた言葉に、宗像は今度こそ舌を鳴らした。

「じゃあ、教えません、よ。室長が来たなんて、もし知られたら、情報の意味がなくな、っちゃう、でしょ」

馬鹿なことを、と宗像は吐き捨てる。
そんなもの、もうどうでもいい。
そんなものは必要ない。
ただ、無事でいてくれるならば、それで。

「……今回ね、頑張ったんですよ。だからね、室長、私の頑張り、無駄にしないでください」

途切れ途切れに訴えかけてくるミョウジに、宗像は言葉を失くす。

「…なに、心配してるのか、知りませんけど……そう簡単に、死にません、から」

ミョウジがあっさりと口にした死という音に、宗像は心臓を鷲掴みにされたような心地を覚えて背筋を震わせる。
ようやく見つけたはずなのに、今になって初めて、純然たる恐怖を知った。

「ミョウジ君、室長命令です。今どこにいるのか、教えなさい」

声が震えたことを、知られてしまっただろうか。
宗像がそう危惧するほど、口から出た音は掠れていた。
しかしミョウジは、電話口の向こうで小さく喉を鳴らしただけだった。

「ミョウジ君!」

宗像がここまで声を張るというのは珍しいことで、だがそれよりも、ミョウジが宗像の命令に従わないのは初めてのことだった。

「……ね、しつちょ、」

相変わらず頼りなさげな声で、ミョウジが宗像を呼ぶ。
宗像の心臓は痛いほど脈打っていた。
冷静さを欠いていなければ、宗像はこの瞬間に仕事用のタンマツを取り出し、逆探知で居場所を特定することが出来ただろう。
だが今の宗像には、そのような思考の余裕などなかった。

「聞いて、ください」

何を、と問う宗像の声が一層震える。
いつも淡々とした口調で話すミョウジの弱々しい声は、宗像に嫌な予感しか与えなかった。

「……おととい話した、あの組織、クロです。能力は、第五百十七号の案件と、同じです。アジトは、伏見さんに、狼男の塒って言えば、伝わりますから……」

いつものタンマツではないので、盗聴を恐れたのだろう。
ミョウジが、曖昧にぼかして情報を伝えてくる。
後を宗像と伏見に託すような言い方。
唐突に、宗像の中で何かが弾け飛んだ。

「ナマエ。今すぐ居場所を吐きなさい」

無意識のうちに、声が低くなる。
もう、知ったことか、と思った。

「さもなくば、この場でダモクレスの剣を落としますよ」
「……………は、…あ?!」

ミョウジの口から漏れた叫び声に、宗像は唇を歪めて笑う。

「私は今、鎮目町におります。君もそうですね?早く答えないと、私と君の心中に数十万人を巻き込みかねませんよ?」
「ちょ、待っ、室長!」

上擦った声で、ミョウジが宗像を呼ぶ。
場違いにも、それを心地好いと感じた。
あのミョウジが、誰に身体を差し出しても、何を聞かれても平然としているミョウジが、宗像の言葉に焦っている。

「さあ、早く答えて下さい。それとも、私と一緒にこのまま死にますか?」
「だからちょっと待って下さい!なに馬鹿なこと言ってるんですか!冗談にしてはたちが悪すぎ、」
「冗談?私は生まれてこの方、冗談など口にしたことはありませんよ」
「尚更悪いですっ。も、いいから、大人しく帰って下さいほんと、」
「宗像、抜刀」

当然だが、折れたのはミョウジだった。




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