呼ぶ名はただひとつ[1]
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R-18

「モブキャラ×ヒロイン」による、愛情を全く伴わない性行為を匂わせる描写がございます。少しでも嫌悪感、苦手意識を感じられる方は閲覧をお控えください。







月の明るい、静謐な夜だった。

屯所内すらも静まり返る、午前三時。
室長室の扉が無音のまま僅かに開き、人影が闇に乗じてするりと入り込む。
大きな窓から差し込む月明かりに浮かび上がるその姿を、宗像は静かに迎え入れた。

「ご苦労様です、ミョウジ君」

宗像のデスクに近寄ってくるミョウジの靴音は、柔らかな絨毯に吸い込まれて消える。
月明かりに照らされた右頬は、雪のように白かった。

「室長の読み、アタリでしたよ。薬流して儲けた金を研究費に充ててました」

淡々と、何の感情も滲まない声が宗像に事実だけを報告する。
唇の動きは小さく、ぼんやりとした視線はどこか気怠げだった。

ああ、今回は激しかったのか、と。

報告に帰ってくるミョウジを見るだけで、分かってしまう。
それだけの回数を、重ねたということだ。

「分かりました。では後日、こちらの準備が整い次第、制圧しましょう」

宗像の言葉に、ミョウジは視線だけで頷いた。
制服に乱れはなく、髪もいつも通りに整えられている。
化粧をしていないと幼く見える顔立ち、立ち姿までもが常と何ら変わらないというのに。
宗像には、感じ取れてしまう。
ミョウジから発せられる、誘うような女の匂い。
気怠げで、かつ妖艶な、色。

「……今日、午前休貰っていいですか」
「午前と言わず、一日休みなさい。疲れたでしょう」

休暇の申請にそう返せば、ミョウジはどうも、と微かに目を細める。
月明かりの下に見るその笑みはまるで温度を失っているかのようで、宗像に飢餓感を植え付けた。



始まりは、もうどのくらい前のことだろうか。
とある事件の捜査に行き詰まっていた時だった。
セプター4はその性質上、出処の綺麗な情報しか取り扱うことが出来ない。
最新設備と優秀な隊員のおかげで、普段は情報が足りないという壁にぶつかることはまずあり得ない。
だがその時は、その壁が大きく立ちはだかった。
事件がセプター4とは対となるクランの縄張りで起こったせいで情報は制限され、また公務員という立場上、書面に書き起こせないような場所から情報を集めることも出来なかった。
捜査は行き詰まり、どうしたものかと宗像が頭を悩ませた時、ミョウジが提案したのだ。

情報を、買ってきましょうか、と。

ミョウジの父は生前、鎮目町でバーテンダーをしていた。
裏社会のパイプは残っている、と。
その案に、宗像は頷いた。
情報化社会がいくら発達したとて、人は変わらない。
生身の人間こそが一番有力な情報源であることは、太古より普遍の事実だ。
ミョウジは宗像に金銭の用意を求めなかった。
当然だ。
明るくない場所から情報を得るためにばら撒く金を、経費で落とすわけにはいかない。
宗像は最初から分かっていた。
ミョウジが何を用いて、情報を買うと言ったのか。
知っていて、それを許可した。



「……今回は、随分消耗しているようですね」

事務的な受け答えが終わり、宗像はじっとミョウジの様子を窺う。
気怠げに傾げられた首筋に、後れ毛が垂れていた。

「それなりな数のご一行だったもので」

宗像の問いに、躊躇のない答えが返される。
そこに、疲労感を植え付けられたことに対する僅かな苛立ちは聞き取れるものの、行為に対する嫌悪感は滲んでいなかった。

「……身体は、大丈夫ですか」
「寝れば治りますよ」

宗像は、言葉を選んでいる。
だがそれに対するミョウジの回答は素っ気なく、そして何の衒いもない。
宗像は、デスクの下で拳をきつく握り締めた。



ミョウジが買ってきた情報により、件の事件はそれまでの難航が嘘のように呆気なく収束を迎えた。
それ以降、ミョウジは度々同じ手法で情報を買ってくる。
それを許可したのは他でもない、宗像だ。
淡島以下、隊員には決して悟られないように、という条件の下、ミョウジはセプター4に必要な情報を彼女だけが用いる手段で集めてくる。
頻度にして、月に二度から三度。

その時は屯所を出る前に宗像のタンマツを一度だけコールする、というルールを作ったのは宗像だった。
万が一のために、という宗像の指示に、ミョウジは従っている。
昨日も、夕方、退勤後のミョウジから一度だけコールがあった。
ほんの僅かな時間だけ鳴らされたタンマツを握り締め、宗像は歯を食い縛った。
そして、帰りを待っていた。
報告を待っていたのではない。
帰りを、待っていたのだ。



「今夜も君は、啼いたのですか?」

一番最初の時に、宗像は自身を納得させた。
この厄介な世界を綺麗事だけで収めることなど、到底不可能。
白には黒が必要で、表には裏が要る。
宗像のカードも、白だけでは構成しきれない。
裏社会の間を縫うようにして有益なものを掴んでくる、限りなく黒に近い灰色は必要なのだ。
そう納得し、本人の同意も得た上で、ミョウジを特殊な手駒とした。
同じ女性隊員であっても、それは淡島には出来ないし、させてはいけない。
情報課の、誰も注目しない平隊員。
だからこそ、動かせるのだ。

それでいいと思っている。
表には、秩序を司る青の王として君臨し、裏では部下に汚れ仕事を押し付ける。
間違っていないと思っている。
それは今でも変わらない。
我らが大義に曇りなし、の口上に嘘はない。
ただ、その大義のための手段は選ばない、というだけのことだ。

いつからだ。
いつから、崩れ始めたのだろう。

「まあ、啼いた方が気に入って貰えますからね。……声、そんなにいつもと違いますか?」

最初の頃はただ、日付を跨いで帰ってくるミョウジの報告を聞くだけだった。
その報告は当然、書面には書き起こされないしデータにも残らない。
ミョウジの口から直接宗像の耳に入り、二人の記憶の中だけに残るものだ。

「……ええ、少し掠れていますよ」

それがいつからか、情報以外のことまで報告させるようになった。

「中に出させたのですか?それとも、掛けさせた?」

ミョウジと、宗像が顔も知らぬ誰かとの性交。
その内容を、聞き出すようになった。

「両方です。あと、口の中にも」

宗像が問えば、ミョウジは答えた。

「飲み込んだのですか?」

それがいかに卑猥で、宗像にしてみれば恥辱に塗れた質問であったとしても。

「はい」

動かないミョウジの平然とした表情を、宗像はじっと見つめた。

聞きたいわけではない。
知りたいわけでもない。
だが、いつからか聞いてしまうようになった。
ミョウジがどのように男を誘い、陥落させ、そして何を強要され、どんな形で欲望を受け止めたのか。

宗像の目の前で、禁欲的な制服に身を包み立っているミョウジは、数時間前には別の場所で別の男に会っていた。
普段とは異なる化粧をし、普段とは異なる髪型、異なる私服で男に媚び、身体を許し、吐き出された欲望に塗れていた。
それが終わればシャワーを浴び、制服に着替え、何事もなかったかのような顔で、知り得た情報を宗像に伝えるために帰って来る。

罪の意識はない。
申し訳なさなど、感じない。
許可したのも、暗に命じたのも、止めないのも、宗像だ。
ミョウジは許容範囲の内側で、巧妙に進めている。
危険な賭けには乗らず、ゆっくりと、だが着実にパイプを増やし、情報網を広げ、今では宗像にとって貴重な情報源となった。


「室長、もういいですか?流石に疲れました」
「…はい、結構ですよ。おやすみなさい」

ミョウジが小さく一礼し、扉の外に消える。
室内は再び静寂に包まれた。
デスクの下で握り締めていた拳から、ゆっくりと力を抜く。
掌の皮膚が裂け、血が滲み出ていた。


そう、これは罪の意識などではない。
宗像はもう、気付いてしまっている。
いつからか、と明言は出来ない。
だがこの感情の名は知っている。

これは、嫉妬心であり、独占欲であり、そして支配欲なのだ、と。




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