君のための特別な
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「報告は以上です」

そう締め括り、ミョウジは手にした書類の束をプレジデントデスクに置いた。
あとは確認欄に宗像が判を押せば、この人騒がせなストレインの暴走による一連の事件は書面上を以っても終了となる。
長かった、とミョウジは痛む首を軽く回した。
遅番からの二徹はつらい。
今日は定時で上がってさっさと寝てしまうに限る。

「それじゃあ失礼します」

ミョウジは、淡島以下特務隊の面々が不眠不休で事態の収束と後片付けに奔走している間、相変わらず室長室でジグソーパズルに勤しんでいた上司には目もくれず、おざなりな一礼だけを残して背を向けた。
両開きの扉まで、一歩、二歩、三歩、と進んだところで。

「ミョウジ君」

背後から、常と変わらぬ声音で呼びかけられた。
思わず顔を顰めたのは、条件反射だ。
出来ることならば聞こえなかった振りをして、このまま部屋を出てしまいたい。
だが生憎とそうはいかないのは、背後にいる男が自らの王だからだ。

「…………なんですか、」

ミョウジは、殊更ゆっくりと緩慢な所作で背後を振り返った。
そこにはデスクに両肘をつき、組んだ手の上に顎を乗せて悠然と微笑する宗像がいる。
ああ、嫌な予感しかしない、と。
ミョウジは、目の前の男とはまた別の意味で面倒な男の悪癖を漏らしそうになり、ぐっと思い留まった。
宗像に舌打ちをして許されるのは、恐らく伏見だけだろう。

「実は君に渡したいものがあるのです」

宗像はそんなミョウジの内心など全てお見通しのはずなのに、そこには一切触れることなく、勝手に自らの話を始める。
こうなれば最後まで付き合わない限り解放されないことを嫌というほど理解しているミョウジは、小さく抑えた溜息を漏らして宗像の前に立った。

「なんですか、嫌な予感しかしないんですけど」

それでも、敢えて不適切な返答を選ぶ。
無駄だとは知りつつも、せめてもの抵抗だ。
蛇に睨まれた蛙だって、一度くらいゲコリと鳴いても許されるだろう。
どうせ、最終的には餌食となるのだから。

「ああ、安心して下さい。追加の仕事ではありませんよ」

その方がよっぽどマシだ。
ミョウジは黙ったまま、口の中でそう叫んだ。
宗像から何かを渡されるなら、訳の分からない何かより次の仕事の方が余程良い。
この際二徹も三徹も同じだ。
身体的負担はまだ負えるが、この状況での精神的負担は心の底から勘弁してほしい。

「どうぞ、受け取って下さい」

そう言って宗像がデスクの下から引っ張り出してきたのは、特に何の変哲もない紙袋だった。
色は白、黒いフォントで恐らく店の名前と思われる英字が入っている。
ミョウジは、デスクの上に置かれたそれを注意深く観察した。

「…………なんですか、これ」

紙袋の口はシールで止められている。
僅かな隙間から中を覗いてみたが、内容物を判断するには至らなかった。

「ミョウジ君、今日が何の日かご存知ですか?」

質問に質問が返ってきて、ミョウジは苛立つ。
寝不足を極め疲弊した目に、宗像のにこやかな顔は鬱陶しかった。
今日は何日か、ミョウジは先程書類に記した日付を思い返す。
三月十四日だ。
まさか宗像は、ホワイトデーだと答えてほしいのだろうか。
これほど気の進まない回答があるだろうか。
しかしそれ以外に思い付かず、ホワイトデーですか、と答えた。

「はい、さすがミョウジ君。よくご存知ですね」

ハッキリ言おう。
これは最早嫌味ですらない暴言だ。
ミョウジは今度こそ小さく舌を鳴らした。
これは伏見のせいだということにしておく。

「………それで、ホワイトデーだから何だって言うんですか」

いまだ、先程の「なんですか、これ」という問いに対する回答は得てない。
質問を重ねると、宗像はおや、とわざとらしく片眉を上げた。

「バレンタインデーのお返しですよ」

さらりと答えられ、ミョウジは首を傾げる。

「……誰に?」
「もちろん君に、です」
「………誰から?」
「もちろん私からですよ」

にこにこと、レンズの奥で宗像の目が楽しげに細められる。
ミョウジはうんざりした。

「室長。私、室長にバレンタインのチョコレートなんてあげてませんけど」

お返しも何も、ミョウジは宗像に渡していないのだ。
返ってくるものがあるはずもない。
それなのに、宗像は何を言っているんだ、とばかりに苦笑した。

「確かにチョコレートは頂いてませんが、バレンタインデーというのは、チョコレートに限るものでもないでしょう」

その口振りから、宗像がミョウジからチョコレート以外の何かを受け取ったと主張していることを悟る。
しかしミョウジには何の覚えもない。
必死に一ヶ月前を振り返ってみなくても分かる。
宗像に、バレンタインデーだからと言って物を差し出すなんて、考えたこともないのだ。

「………室長。誰かに騙されてんじゃないですか?私は何も渡してませんよ」

青の王を欺くというのも無理な話だが、ミョウジはとりあえず自身にかけられた疑惑を否定する。
しかし、ここまで強く否定してもなお、宗像は笑みを崩さなかった。

「覚えていないのは残念ですが、もちろん私は覚えていますよ。先月の十四日、君は私にコーヒーをくれましたね」
「………………は?」

コーヒー。
宗像の口から零れた言葉に、ミョウジはぽかんと口を開けた。
その単語を元に、もう一度過去を検索する。
コーヒー、二月十四日、室長。
検索バーに三つの単語を入力し、記憶を洗う。
そして。

「…………執務室で、飲みかけのコーヒー渡したやつですか」

それが、二月十四日の出来事だったかどうか、ミョウジにとって定かではない。
だが一ヶ月ほど前、特務隊の執務室で書類を捌いていたら突然宗像が現れ、伏見や淡島と言葉を交わした後、ミョウジのデスクに置かれたマグカップの中を覗き込んで「美味しそうですね」と言ったことがあった気がする。
中身は確かにコーヒーだった。
唐突に話しかけられたミョウジはあの時、書類に集中したくて、おざなりな返答をしたはずだ。
記憶が正しければ多分、

「欲しいなら室長にあげますよ、と。君は言ってくれました」

ああ、確かそんな感じだ。
マグカップの中、残り半分程度になったコーヒーを差し出して宗像が無駄口を叩かなくなるならお安い御用だと思い、そんなことを言った。

「……………え、それを、バレンタインのプレゼントだと思ったんですか?」

もう一度確認する。
ただの、しかも飲みかけのコーヒーだ。
淹れてくれた、恐らく秋山には悪いが、大して美味しくもないインスタントコーヒーだ。
それを、平たく言えば「勝手に飲め」と言ったミョウジの言動を、宗像はバレンタインデーの贈り物をもらったと解釈したのか。

「はい。君の飲みかけのコーヒーは非常に美味しいものでしたので、相応のお礼を用意させて頂きました」
「室長、気持ち悪いです」

君の飲みかけ、をいやに強調してくる宗像に、ミョウジは眉を顰める。
このまま放っておくと、間接キスだの何だの言いだしそうで、ミョウジは早々に切り捨てた。

「あれ、淹れたのたぶん秋山ですよ。だからそれは秋山に渡せばどうですか」

ミョウジはさりげなく、コーヒーを淹れた人間、に対象を移そうとしたが当然宗像の回答は否だ。

「私は君からコーヒーを頂いたのです。ならば、そのお返しは君に渡すべきでしょう」

正論なんだか暴論なんだか、最早分からない。
唯一ミョウジに理解出来たのは、とりあえずこの紙袋を受け取らないことには話が前に進まないということだった。
が、気は進まない。
むしろ後退し続けている。

「さあ、遠慮なく受け取って下さい」

再びお綺麗な顔で微笑まれ、ミョウジは渋々紙袋に手を伸ばした。
持ち上げれば、予想に反して異常に重量感があり内心驚いた。
どうせ菓子か何かだろうから特務隊の面々に配ればいい、と思っていたミョウジは訝しんだ。

「…………あの、これ、中身なんですか?」

相手は宗像だ。
菓子なんて定番なものを用意してくるはずがなかったと、ミョウジは不可抗力とはいえ受け取ってしまった自分の迂闊さを呪う。

「それは開けてのお楽しみですよ、ミョウジ君」

豪奢な椅子に腰掛けた宗像は、見る人が見れば蕩けそうになるような笑顔でミョウジを見上げた。
もちろん、ミョウジにとっては嫌な予感を強めるものでしかない。

「…………はあ、どーもありがとうございます」

もうどうにでもなれ、という諦めの境地でミョウジは紙袋を手に提げ、もう戻って結構ですよ、という宗像の声に促されてようやく室長室から脱した。



執務室に戻ったミョウジは、特務隊の面々の前で紙袋の中身を確認した。
退勤後、寮の自室に戻り一人で見るなんて恐ろしすぎると思ったからだ。

しかし結論から言えば、箱の中から出てきた宗像からの贈り物を見た瞬間、ミョウジは己の判断が過ちであったことを悟った。
ついでに、激しく後悔した。
だがそれは全て、後の祭り。

明らかにドン引きしている特務隊のメンバーの視線の先。
ミョウジの手には、宗像の笑顔が完成図として描かれた、千ピースのジグソーパズルを納めた箱があった。




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