それは真っ直ぐに歪んだ愛
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はあ……っ、と大きく漏れた呼気は、決してわざとではなかった。
嫌味のつもりでもなかったし、心配してほしいわけでもなかった。
どちらかと言えば、その逆だ。

女に覆い被さっていた宗像が、薄く笑んで上体を起こした。
その男の呼吸に一分の乱れもないことが、更に言えばその艶のある髪にすら僅かの乱れもないことが、少しばかり悔しかった。

「そんな顔をしないで下さい」

女の上から退き、宗像は眼鏡のブリッジを押し上げた。
宗像は困ったような苦笑を浮かべたが、女には、彼が本当に困っているわけではないと分かっていた。

「そんな顔って?」

ようやく整った呼吸の合間に、藪蛇だと分かっていても問いを投げかける。
案の定、ベッドの縁から脚を下ろした宗像は、くす、と鼻を鳴らした。
その手がサイドテーブルに伸び、煙草とライターを引き寄せる。
その指先は、男にしては不自然なほど綺麗だった。

「屈辱、と顔に書いてありますよ」

振り返った宗像は、二本取り出した内の一本を自らの唇で挟み、もう一本を寝転んだままの女の唇に銜えさせた。
女は、当然のように煙草のフィルターを受け入れる。
だがその眉が顰められているのを目敏く見つけ、宗像は笑みを深めた。

ライターで、己の銜えた煙草に火をつける。
すると宗像の背後で、女が笑う気配があった。
大きく煙を吸い込んでから、振り返る。

「でも、それが好きなんでしょ?」

シーツの海に埋もれた女は、唇の端に銜えたままの煙草を、誘うように揺らした。
宗像は一瞬、ほんの一瞬だけ言葉を失くし、そして肺いっぱいに吸い込んだ毒素を吐き出した。

「ええ。聡い女性は好みですよ」

宗像は再びフィルターを銜えると、捻った腰の後ろに手をつき、上体を屈めた。
瞬く間に距離を詰める。
二人の間は、煙草二本分を残すのみとなった。

じ、と小さな音がして、火種が燃え移る。

女は満足そうに嗤い、投げ出していた手を持ち上げて煙草に指を掛けた。
吸い込んだ煙を、ゆっくりと吐き出す。
その煙から逃れるように、宗像は体勢を元に戻した。

ヘッドボードに埋め込まれた時計を確認すれば、午前二時を少し回ったところだった。
明日、というよりも今日は珍しく、本当に珍しく非番だ。
書類の山を尻目にジグソーパズルに勤しんで部下に舌打ちされることも、茶室で餡子テロに遭うこともない。

「ん」

何をして過ごそうか。
そんなことを考えていると、不意に背後で小さな音がした。
たったの一音。
だが、それが催促であることはすぐに分かった。
サイドテーブルの灰皿を取り上げ、身体を少し捻って手渡す。
硝子の上に、灰が落ちた。

女はそれ以上何も言わず、再び煙草を口に銜える。
先ほどまで宗像の欲望を銜え込んでいた唇は、未だ僅かに湿っていた。

「……なに、どうかした?」

何とはなしに見つめていると、宗像の視線を訝しんだ女が首を傾げる。
その拍子に長い髪がシーツの上を泳いだ。

「いえ、大したことではないのですが。実は明日、私は非番なのですよ」

宗像はそう言って、女が持つ灰皿の上で煙草を弾いた。
それを聞き、女は欠片の興味を示した様子もなく、ふうん、と息を漏らした。

「つれないですね」

予想通りの反応に、宗像は苦笑する。
立ち昇る二本の煙がゆっくりと揺れ動く様を、女はぼんやりと見ていた。

「なに、デートなら付き合わないわよ」
「それは分かっています。そもそも、貴女にデートに付き合って頂きたいとは思いませんよ」

女は唇を歪め、宗像に視線を向ける。
その眼は愉しげに細められていた。

「だったら何をご所望で?」
「おや」

宗像もまた、同じように眼鏡の奥で眼を眇めた。

「私が言わずとも、貴女ならばお分かりでしょう」

灰皿に煙草を押し付け、眼鏡のブリッジに指を添える。
一方、女はまだ残っている煙草を旨そうに吸い込んだ。

「分からないわ、室長さん」

声に笑みが乗っている。
宗像は虚をつかれたように動きを止め、そして微笑んだ。

本当に、君は。

「それならば、こう言いましょうか」

宗像は手を伸ばし、女の唇から煙草を奪った。
残り僅かとなったそれを一度吸い込んで、硝子に押し付ける。
歪に潰れた吸い殻が二つ、灰の中に並んだ。


「朝まで、俺に付き合って貰おうか」


宗像は女の返事も待たず、その唇を塞いだ。
苦い、煙草の味がした。





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