夜と朝の狭間で[2]一瞬の出来事だった。
千景さんの手が私の手首をそれぞれ掴み、あっという間もなく視界が転がる。
気が付けば私はシーツに背を埋め、千景さんを見上げていた。
深い朱が、真っ直ぐに私を見下ろす。
それは宝石のように美しく、炎のように揺らめいていた。
「この距離で、お前に触れられて、」
唇から漏れる声は低く、僅かに掠れていた。
その音は、まるで身体の芯に沁み込むかのように、腰の辺りを疼かせる。
「何も感じないと思うのか」
ぞくり、と背筋が震えた。
それは決して、不快な感覚ではない。
強いて言うならば、それは快楽だ。
千景さんの大きな手が、私の顎を掴む。
長く武骨な指に、頬を擽られた。
「千景、さん」
名前を呼べば、くつりと喉を鳴らされる。
空気を揺らしたその音の余韻が消える前に、唇を塞がれた。
触れた唇の温度は、少しだけ熱かった。
一度柔らかく触れ、離れていく。
僅か一瞬の接触。
「ぁ………」
漏れた音は、無意識だった。
それを拾い上げた千景さんは可笑しそうに、もう一度小さく笑んだ。
「足りぬか?」
見下ろしてくる朱が濃くなる。
その奥に、ゆらりと欲情が揺らめくのを見た。
きっと私も、同じ目をしている。
そう、自覚していた。
「………もう一度、聞いてやる。まだ足りぬか、ナマエ」
でも、そう自覚していても、それは口に出すには憚られる内容で。
黙したまま見上げれば、千景さんが唇を歪めた。
「強情だな」
触れられた唇が、熱い。
掴まれた手首が、手を添えられた頬が。
じわりと熱を帯び、息が苦しくなる。
意識して唇を開けば、熱い息が漏れた。
「……言え。そうすれば、叶えてやる」
千景さんが上体を屈め、耳元に唇を寄せる。
吐き出された言葉はまるで媚薬のように、最後まで残っていた理性を溶かした。
「……もっと、」
まだ足りない、とばかりに、千景さんが目を眇める。
意地悪、と批難する余裕さえなかった。
「もっと、下さい。……キス、して、」
譫言のように、口にした望み。
千景さんはそっと唇の端を持ち上げ、いいだろう、と呟いた。
再び、唇が重なる。
今度は瞬く間に歯列を割られ、咥内に舌が侵入してきた。
逃げることをしなかった私の舌は呆気なく捕らえられ、巧みな動きに翻弄される。
付け根も味蕾も、頬の内側も。
余すところなく舐められ、唾液が混ざり合った。
「……は、ぁ………っ、」
息継ぎすらままならない口付けが解かれた途端、大きく息を吸い込む。
離れていく朱を、ぼんやりと目で追った。
「そのような顔をするな」
繋がる銀糸を舌で断ち切った千景さんが、不機嫌そうな口調で命じる。
意味が掴めず首を傾げれば、千景さんは苦虫を噛み潰したかのような顔をした。
「止まれなくなる、と言っている」
情欲の炎が、大きくなった。
ゆらり、ゆらり。
それは千景さんの瞳の中に、そして私の胸の奥に。
揺らめき、とろりと全てを溶かし、燃え盛る。
「……止めないで、下さい、」
小さく、強請った。
気恥ずかしさよりも、本能が勝っていた。
千景さんは一瞬驚いたように目を瞠り、やがて鼻で嗤った。
「そのようなことを口にするとは。覚悟は出来ているのだろうな」
それは、優しさだ。
そう知っているから、微笑んだ。
それが、答えになった。
三度目の、キス。
粘膜が、唾液が、絡まる音がする。
千景さんの手は性急に肌の上を這い、あっという間に寝巻きを奪っていった。
直接触れる温度の一つひとつが、全て愛おしい。
言葉とは裏腹に、壊れ物を扱うみたいに触れてくる手。
その感触に酔い痴れて、身体は勝手に反応した。
全て受け止めれば、私の上で千景さんはそっと笑い、朱い瞳を細めた。
愛している、と言われたのは幻聴だったのか、それとも夢の中の出来事だったのか。
きっとそれは、どちらでも良かった。
言葉がなくても、その眼が、その手が、教えてくれる。
大切だと、愛おしいと、伝えてくれる。
だから、それだけで良かった。
夜と朝の狭間で- 繋がる愛に、目を閉じる -
あとがき
みいちゃんへ
大変お待たせしましたにゃーー!!
本当、途中で宗像さん書いてる場合じゃなかったww 遅くなってしまって申し訳ありません。
リクエスト頂いておりました、デロ甘ちー様でした。……が、夫婦設定とか全然生かされてなくて本当すみません。おかしいな、こんなはずじゃなかったぞorz 自分でリクエストの詳細を訊ねておいて、全く沿えなかったというこの体たらく。ごめんなさい(>_<)
お楽しみ頂けていれば幸いです。
この度はリクエストをありがとうございました。これからも仲良くして下さいませ(^^)prev|
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