[11]その重みを知るとき
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今朝よりも大きな広間には、大勢の鬼が集まっていた。
その中には天霧さんの姿もある。
目が合うと一つ頷いてくれたので、私も会釈を返した。
上座に胡座をかいた千景様の隣に、正座で腰を下ろす。
広間中の視線が自分に集まっていることが分かり、少し気後れした。
でも俯いてはいけないと、顔を上げて真正面を向く。
背筋を伸ばせば、頭の上で簪が揺れた気がした。


「此度、ミョウジ家のナマエを風間家当主の正妻とし、里に迎え入れることとなった」

千景様は最初に一言、留守中における家臣らの労を労ってから、端的に私を紹介した。

「ナマエと申します。どうぞよろしくお願い致します」

千景様の視線を受け、私はそう名乗って頭を下げる。
次の瞬間、広間は衣擦れの音に包まれ、皆が同じように頭を下げてくれたのだと分かった。

その後千景様は祝言の日取りについて説明し、この場はそのまま歓迎の宴へと移ることになった。
豪華な膳と酒が運び込まれると方々で談笑が始まり、空気が和らいだ。

ひっきりなしに、風間の一族の者や家臣が挨拶にやってくる。
私は一人ひとりと短い言葉を交わし、その顔と名前を覚えるのに精一杯で、食事をするどころではなかった。

結局宴が終わったのは、夜が更ける頃だった。
千景様に連れられ、家臣らに見送られて広間を後にする。
静かな廊下に出ると、張り詰めていた気が緩む思いだった。

「疲れたか」

そんな私の様子を察したのだろう。
半歩前を歩いていた千景様が肩越しに振り返る。

「いえ、……その、何か粗相はなかったか、と少し心配になりまして」

そう答えると、千景様は薄く笑った。

顔合わせと宴、全てが滞りなく終わった。
集った鬼達は皆笑顔で歓迎の言葉を口にし、突然現れた頭領の正妻という存在を快く受け入れてくれたように見えた。
しかし千景様の目の前だ。
仮に何か思うところがあったとしても、それを表面に出したりはしないだろう。
本当はどのように思われていたのか。
それが少し心配だった。

「案ずるな」

視線の先、前に向き直った千景様がそう言う。

「……俺はずっと、嫁取りについて彼奴らに何を言われても拒否し続けてきた。その俺がお前を連れて戻ったのだ。今頃小躍りして居るだろう」

それは千景様なりに、私の不安を拭おうとしてくれた言葉なのだろう。
その気遣いを嬉しく思い礼を言えば、千景様はふんと鼻を鳴らした。


「祝言は明後日だ。明日は忙しくなろう、ゆっくり休め」

やがて私の部屋の前にたどり着くと、千景様はそう言って私を残し歩き去ろうとした。

「あ………、千景様っ」

遠くなる背中。
呼び止めてしまったのは、ほとんど無意識だった。

「どうした、」

千景様が訝しげに振り返る。

今宵はこのまま、一緒にいられるのだと思っていた。
里に来て初めて、同じ夜を過ごせるのだと。
腕の中で眠ることが出来るのだと、そう思っていたけれど。

「いえ、何でもありません。……その、おやすみなさいませ」

もう、八瀬にいた頃とは違う。
千景様は私の夫である前に、風間家の当主、鬼の頭領なのだ。
私が独り占め出来るような存在ではない。

千景様の姿を、見えなくなるまで見送った。

部屋に戻り、簪を引き抜く。
千景様の色が、置き行灯に照らされて淡く揺らめいた。



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