二度目の願い[2]
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「左之、ごめん。私帰るね」

人混みでも見つけやすい長身の親友を捕まえてそう言うと、左之は気遣わしげに眉を下げた。
理由を言わずとも、分かってくれたのだろう。

「送ってくか?」

グラスをテーブルに置いた左之は、そう言って私に向き直った。

「大丈夫、一人で帰れるよ。……また連絡するね」

精一杯の笑顔を浮かべて、右手を振る。
左之はなおも何か言いたげな表情をしていたけれど、やがて苦笑して手を振り返してくれた。

クロークに預けていたコートを羽織り、店の外に出る。
夜風は驚くほど冷たく、吐き出す息は白かった。
早速悴み始めた手でコートのボタンを留めてから、ゆっくりと歩き出す。
手袋を忘れたのは失敗だったと、両手を擦り合わせたその時。

「ナマエ!」

背後から聞こえた声に、足が凍り付いたように動かなくなった。
それは、聞き間違えるはずもない、トシの声。
気付いて、追いかけてくれた。
そのことが嬉しいのか、それともつらいのか。
分からなかった。

「寒ぃと思うが、少し話を聞いてくれねえか」

振り返れない私の背後から、トシが話しかけてくる。
私は何も言えず、かといって逃げ出すことも出来ず、その場に立ち尽くした。

「………今日お前がここに来ることを、原田に聞いた。どうしても、会いたかった」

さっきまで寒さを感じていた風も、凍える手も。
何もかもが意識の外に追いやられ、ただ心臓の音だけが大きく響いていた。

「今更なのは、分かってる。あの時覚悟を決められなかったのは俺だ、もう手遅れかもしんねえ。だが、」

革靴の音が、聞こえた。
それはゆっくりと、でも確実に、一歩ずつ私の方へと近付いてきた。

「まだお前が、少しでも俺のことを想ってくれているなら、もう一度チャンスをくれねえか」

ぴたり、と真後ろで止まった気配。
きっと手を伸ばせば触れられる距離なのに、トシは何もしなかった。


「…………都合が良すぎる、な」

何も答えられない私が作った沈黙は、やがてトシの乾いた笑い声によって破られた。
自嘲気味に笑ったトシは、そう言って溜息を吐く。

「悪ぃ、忘れてくれ。酒は飲んじゃいねえんだが………お前の前だとみっともねえ姿ばっかりだな、俺は」

その呆れた口調だけで、今トシがどんな顔をしているのか分かってしまった。
あの、困ったような苦笑い。


「本当はな、連れて行きたかったんだ」

ぽつり、と零された言葉に、思わず唇から音が漏れた。
その言葉の意味なんて、問うまでもなかった。

「だが、あの時の俺はまだただの若僧で、お前を養う力も金もなかった。ニューヨークでの地盤もなかった。お前を連れて行ったところで苦労をかけるだけなのは分かってたから、言えなかった」

それはあの日、語られなかった。
私が遮ってしまった、言葉の続きで。

「かといって、何年かかるかも分かんねえのに、待っててくれなんざ、な。そんな都合のいいことも、言えなかったんだ」

お前は寂しがりやだから、と。
付け足された言葉に、胸が締め付けられた。

気付いていたの。
あの頃私が抱えていた不安を、知っていたの。
だから。

幸せになれ。

そう言って、私の手を離したの。


「だが、今なら言える。もう一度、俺のところに戻って来て欲しい、と。今なら言えるが……遅かったみてえだな」

悪かった、と。
トシはそう呟いて、背後から私の頭をそっと撫でた。
懐かしい感触だった。
いつも、頭を撫でられる度に私は、子ども扱いしないでよ、と拗ねてみせたけれど。
本当は、こうして触れられるのが好きだった。
私の頭を撫でる時のトシは、いつもとても優しい目をしていたから。
その表情が、好きだった。


「……女の一人歩きは危ねえ。原田に送らせるから、ちょっと待ってろ」

背後で、トシが踵を返す音がした。

ねえ。
いつだって、そうやって。
私のことばかり考えてくれて、自分のことなんて全部後回しで。
馬鹿みたいに優しくて、悲しくなるくらいに愛おしい。


「行っちゃやだ……っ」


振り返って、目の前あった背中に。
私は縋り付いて、スーツに顔を埋めた。

「ナマエ………?」

呆然とした声で呼ばれた名前。
私も今なら、言えると思った。

「置いてかないで、一緒にいてよ……!」

寂しい、と。
不安だ、と。
言えずに抱え込んだ日々。
大好きだったのにさよならを告げた。
それを、何度後悔しただろうか。

「ナマエ、」

ファンデーションが付くことなんて気にもせず、トシの背中に顔を押し付けて泣いた。
そんな私を呼ぶ声は、少し掠れていた。

「もう、手放してやれねえぞ」

降ってきた言葉に、必死で頷く。
刹那、私の身体は振り返ったトシの腕の中にあった。
きつく抱き締められて、息が詰まる。
でも、骨が軋みそうなその力強い抱擁が幸せだった。

トシが、私の首筋に顔を埋める。
あの日。
幸せになれ、と。
そう呟いた唇が、今度は違う言葉をくれた。


もっともっと、幸せな言葉をくれた。





二度目の願い
- 俺と結婚してほしい、と -




あとがき

敬子様へ

大っ変お待たせ致しました!! 32万キリ番の土方さんでございました。
リクエストを頂いた「同い年」という設定を生かすにはどうすればいいのか……と色々悩んだ結果、このような感じになりましたが、いかがでしたでしょうか。相変わらず前振りが長くて申し訳ないのですが……。
お楽しみ頂けていれば幸いです。

いつも応援して下さり、本当にありがとうございます。亀の歩みとなってしまった拙宅ではありますが、これからも時々遊びに来て頂ければ嬉しいです。
この度はリクエストをありがとうございました(^^)






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