二度目の願い[1]
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「久しぶり、だな」

そう言って、困ったように薄く微笑ったトシを見て。
私の心臓は、痛いほどに締め付けられた。


「……どうして、ここに………」

ニューヨークじゃなかったの。
そう聞いた私の声は、少し掠れていた。

「年末に、戻った。今年からは本社勤務だ」

少し長めの黒髪も、前髪の隙間から覗くアメジストみたいな綺麗な瞳も。

「そう、だったんだ」
「ああ。………元気にしてたか?」

滞った空気を無理矢理吹き飛ばすかのような、強めの口調も。
何もかもが、あの頃と変わっていなかった。

「……うん。元気……だよ、」

私の強がりもまた、あの頃と同じだった。



大学一年生の夏。
同じ高校から進学した左之の紹介で、トシと出会った。
私は別に面食いのつもりはなかったけれど、トシの格好良さに惹かれなかったといえば嘘になる。
スタイルが良くて、整った顔立ちをしていて、何よりも、驚くほど綺麗な目だった。
話してみれば、少しぶっきら棒で口調は雑だけれど、本当はとても誠実で思いやりのある人だとすぐに分かった。
好きになるのに、時間はかからなかった。

でも臆病で自分に自信がなかった私は、想いを伝えることが出来なかった。
左之とトシと私は、ずっと仲の良い友達だった。
馬鹿をやってふざけて、時々喧嘩をして、でもやっぱり最後には三人で笑った。
その関係は心地良く、失えないものだった。

だから驚いた。
大学生生活も残り半年となった頃。
突然、本当に突然トシに告白をされた。
つい数分前まで、いつもみたいに馬鹿話をしていたのに。
不意に声のトーンが変わったことに気付いた次の瞬間には、なぜか抱きしめられていて。
ずっと好きだった、と。
トシは照れくさそうに、相変わらずぶっきら棒にそう言った。

友達のままでいいのだと言い聞かせ、諦めていた恋。
それが叶った瞬間、私は驚きと喜びとで感極まってしまって。
泣き出した私を見て、トシは盛大に慌てた。
そんなトシを見て、私は泣きながら笑った。
翌日に左之に報告すれば、やっとくっ付いたか、と。
左之は呆れたように笑って私の頭を撫で、トシの肩を叩いた。




「そうか。……仕事は順調か?」
「うん。まあまあ、かな」

大学を卒業してから、三年が経った。
同窓会とまではいかないものの、仲の良い友人を集めた懐かしい顔触れによるパーティ。

「トシ、は?……ニューヨーク、どうだった?」
「いい勉強になった、な」

レストランを貸し切った、ビュッフェスタイルの会場。
集まったのは見知った顔ばかりで、もちろん左之の姿もあった。

「そっか」

そう返したきり、訪れた沈黙。
話すことはたくさんあるはずなのに、何から言えば良いのか分からなくて。
言葉に迷っているうちに、何も言えなくなって視線を逸らした。

「おっ、土方!久しぶりだなあ!」

お互い何も言えずに黙り込んでいると、不意に聞こえた明るい声。
トシの側に寄ってきたのは、同じゼミの友人で。

「おう、久しぶりだな」

トシが私から視線を外したその隙に、私はそっと背を向けてその場を離れた。

ドキドキと脈打つ心臓が痛い。
大きく息を吐き出してみても、鼓動は落ち着かなかった。

今でも、こんなに好きなんだ、と。
そう、思い知らされた気がした。




大学を卒業し、お互い違う会社に就職した。
仕事が始まると、それまでのように毎日顔を合わせることはなくなった。
仲が悪くなったわけではなかった。
好きだという気持ちが小さくなったわけでもなかった。
ただ、私の知らないトシが増えていくことが、怖かった。

大学時代から、トシは女の子に人気があった。
当たり前だと思う。
きっと就職してからも、それは変わらなかったのだろう。
トシを疑っていたわけではない。
でも、見知らぬ誰かへの嫉妬心、会えない寂しさ。
それらは不安となって、日々私の中に積もり続けた。
負の感情に支配され、もう疲れてしまっていた。
そんな時だった。

ニューヨークに行くことになった。

眉間に皺を寄せて、トシは私にそう告げた。
ニューヨークにある支社に転勤となった。
期間はまだ分からないが、恐らくは二、三年だろう、と。
トシはそう言って溜息を吐いた。
その後に続く言葉が何だったのか、私には分からない。
待っていて欲しい、だったのか。
それとも。

「……別れよう、か」

私が選んだ言葉と、同じだったのか。

大好きだった。
でも、些細な日常のすれ違いにすら不安を感じる私が、遠距離恋愛、しかも日本とアメリカだなんて、耐えられる自信がなかった。
もっと不安になって、寂しくなって、泣いてトシを困らせる前に。
私はさよならを告げた。

「…………分かった、」

トシはしばらく私を見つめた後、目を閉じてそう答えた。

その日のうちにトシの家にあった私の荷物を片付け、合鍵を返した。
鍵を差し出した私の手を強引に引いたトシはそのまま私を抱き締め、耳元で小さく囁いた。

その言葉を、私は今でも覚えている。






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