この手を離したならば[5]
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分かっていた。

俺がナマエに愛されることはねえ。
ナマエが俺の想いに応えてくれることもねえ。

この一方通行で無理矢理な関係は、いつかナマエを壊すだろう。
今はまだ、ナマエは耐えている。
それは、俺が上司だからなのか、それとも何かまた別の理由なのか。
何にせよ、いつかナマエがこの状態に耐え切れなくなる時が来るだろう。
ここから逃げ出そうとする日が来るだろう。
その時、俺はこの手を離してやれるのか。
ナマエに自由を与えてやれるのか。
自問自答するまでもねえ。

俺の狂気は、更にエスカレートするだろう。
ナマエがもがけばもがくほど、俺の束縛は激しくなる。
ナマエから仕事を奪い、自由を奪い、この家に閉じ込めて誰の目にも触れさせまいとするだろう。
そうなればナマエは今以上に俺を恐れ、俺を恨むだろう。
笑顔なんざ、決して見せちゃくれねえんだろう。

そう、分かっているのに。


「愛してんだよ………っ」


それは、生まれて初めて口にした言葉だった。
これまで、女にこんな台詞を吐いたことなんざなかった。
情けねえ、みっともねえ。
分かってんのに、止まらなかった。


「俺だけのもんにしてえ……っ、誰にも渡したくねえ………!!」


笑っててほしかった。
明るく、無邪気に、柔らかく。
俺に向けて、俺だけのために。

目の前の小さな背中を抱き締めた。
腕を回し、きつく閉じ込める。
首筋に顔を埋めれば、優しい匂いがした。

「……俺のために、笑っちゃくんねえか。今は別に、嫌いでもいい。だがいつか………っ、」

馬鹿みてえに掠れた声で吐き出した言葉。
最後まで言い切ることは出来なかった。

「……ナマエ…………?」

ナマエが腕を上げ、その手を俺の手の上に重ねたから。
触れ合った皮膚が、発火しそうなほど熱を持った。
重ねられた小さな手を、呆然と見下ろす。
ナマエが意図して自ら俺に触れてきたのは、初めてだった。


「……あの、」

言葉を失くした俺の腕の中で、ナマエが恐る恐る話しかけてくる。
何だ、と聞き返すことさえ出来なかった。

「……今の……は、本当、ですか……?」

ナマエの声は震えていた。
もしかしたら、俺以上に。

「本当……って、何が……、」
「…………その、私のこと……今、愛してる……って、」

まるで信じられないとばかりの口調。
何を今更、と訝しんだ。
そうじゃなきゃ、こんなことなんざしねえだろう。
こんな、みっともなく縋り付いて、馬鹿みてえに震えて。
何とかして俺の元に縛り付けようと、強引に事を進めた。
それは、どうしようもなく愛してるからだ。

そう、答えたら。
ナマエが突然、肩を震わせてしゃくり上げた。

「おい、どうした。何が、」

何が嫌だった、何が悲しかった。
俺に好かれるのは、泣くほどつらいことか。
そう問い質そうと、腕の力を緩めて顔を覗き込もうとした瞬間。
それよりも早く、身体を反転させたナマエが俺の胸に飛び込んできた。

「ナマエ…………?」

俺の胸元に顔を埋め、ナマエが泣く。
その両手は必死に俺のワイシャツを握り締めていた。

「悪かった、泣かせるつもりじゃ、」

なかった、と。
そう言いかけた、俺の言葉を遮って。

「私……っ、都合のいい女なんだって、そう、思ってて、」

しゃくり上げながら、途切れ途切れに。
紡がれた言葉に、喉が詰まった。

「……お前、なんで……」
「だって、土方さ…っ、何も言ってくれないから……!」

そう言われ、振り返ってみれば。
確かにいつも、肝心な言葉を告げることは出来ていなかったと思い出す。
俺の元に縛り付ける言葉ばかりで、想いを伝えたことなんざなかった。
返ってくるわけがねえと、受け止めてもらえるわけがねえと、そう決め付けていたから。
独り善がりな愛を、ぶつける気概がなかった。

その俺を、責めるということは。
さっきの言葉の真偽を、確かめるということは。

「ナマエ、」

勘違いでもいい。
勝手に舞い上がった俺を笑ってもいい。

それでも、今なら言える。


「遅くなって、悪かった。……お前が好きだ」



お前が泣き止むまで、抱き締めていよう。
きつく、きつく。
この腕の中に、抱き締めているから。

涙が止まったら、その時は。
顔を上げて、笑ってくれ。





この手を離したならば
- そこに、愛だけが残った -




あとがき

みいちゃんへ

お待たせしましたにゃーー、第二弾!!
30万という大台でしたので、がっつり書かせて頂きました!! が、その分遅くなってしまってごめんなさい。そして、妙に重い話になって、これまたごめんなさい。
土方さんのヤキモチというリクエストを頂いていてので、本当はもっと土方さんのヘタレ具合を軽いタッチで描くつもりだったのですが。気合いを入れすぎたら、ヤキモチを通り越して独占欲と嫉妬心がすっごく強い狂愛的な話になってしまって。やり過ぎていたら本当に申し訳ないです(>_<) 書き直しも承りますので、何かありましたらご遠慮なくお申し付け下さいね!!
一応ですね、「掠れた声」に重点を置いてます(笑)。上手いこと脳内変換して楽しんで頂ければ嬉しいです。

リクエストありがとうございました。
これからもThe Eagleとこんな私をよろしくお願いします(^^)







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