この手を離したならば[4]
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新しい煙草を取りに、寝室に向かった。
ビジネスバッグの中からストックを取り出す。
リビングに戻ろうと再び廊下に出たところで、総司に出くわした。

「……何だ、」

壁に凭れかかったまま、総司は俺に意味ありげな視線を寄越す。
それは、ささくれ立った俺の神経をいとも容易く刺激した。

「ナマエちゃんのことですけど」

そして、総司が口にした名前に余計腹が立った。
他の男がその名を呼ぶことすら、俺には許せなかった。

「ナマエが何だ、」

俺の声に苛立ちが混じっていることを、総司も感じ取っているんだろう。
その唇を愉しげに歪めた。

「二人って、本当に付き合ってるんですか?」

人を小馬鹿にしたような口調。

「おい。そりゃどういう意味だ」
「どういうって。そのままの意味ですけど」

きっと、こいつも分かってるんだろう。
ナマエが俺のことなんざどうとも思ってねえんだと、気付いているんだろう。

「本当も何も、あれは俺の女だ」

恐らく総司は、真相を正しく理解している。
だが、だからといってそれを認めてやる筋合いはねえ。
もっといえば、こいつに譲ってやる気なんざ更々ねえ。

「へえ、それにしては随分余裕がないみたいですけどね、土方さん?」
「るせえよ、余計なお世話だ」

余裕なんざ、あるわけがねえ。
ナマエの気持ちが俺に向いてねえと、知っちまってるんだ。
一瞬でもこの手を緩めれば、ナマエは確実に俺の元からいなくなっちまうだろう。

総司の前を横切り、リビングのドアに手を掛けた。

「ああ、一応言っておきますけど。僕だけじゃないですからね」

背後から追ってきた、総司の言葉。
ドアノブを握る手に、必要以上の力が入った。
荒々しく開け放ったドア。
視界に飛び込んできたのは、酔っ払った馬鹿共に絡まれたナマエの姿。
その肩を原田が抱き寄せているのを見て、堪忍袋の緒が切れた。

「…………ナマエ、」

地を這うような、低い声が漏れた。
てめえが今どんな顔をしているのか、考えるまでもなかった。

「酒、用意してくれ」

俺の言葉に、ナマエは少し怯えた様子で頷いた。
原田の腕の中から抜け出したナマエが、立ち上がってキッチンに向かう。
俺は手の中の煙草ケースを原田に向かって投げ付け、その後を追った。


キッチンに足を踏み入れれば、ナマエが冷蔵庫の中を覗いていた。
やがて缶ビールを一本取り出したナマエが、冷蔵庫のドアを閉める。
その瞬間、閉まったドアに背後から右手を叩き付けた。
ナマエの背中が大きく震える。
それを見下ろした俺の胸に広がったのは、狂気染みた感情だった。


たとえ、ナマエが俺を好きじゃなかったとしても。
ナマエにとって俺が、恐怖の対象でしかなかったとしても。
この手は離さねえ。
絶対に、ここから逃しゃしねえ。


「てめえは誰のもんか、分かってんだろうなあ?」


そう、決めているのに。
背後から耳元に落とした声は、情けねえほど掠れていた。






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