この手を離したならば[3]俺のもんになれ。
そう告げた時、ナマエは驚いた顔をした。
そりゃそうだろう。
それまで単なる上司としか思ってなかった男に、突然告白されたんだ。
ナマエは驚き戸惑い、言葉を失くした。
その隙を、俺は逃さなかった。
強引にその身体を引き寄せ、そのまま俺のもんにした。
抵抗なんざ許さなかった。
貪り尽くし、刻み付け、逃げ道を奪った。
なし崩しのように始まった関係は、そろそろ半年になろうとしている。
その間、一度も。
たったの一度も、ナマエは俺を好きだと言ったことはねえ。
俺が求めりゃ身体を寄越すし、俺が言うことには必ず従う。
だが、ナマエが自ら俺を求めたことは一度もなかった。
土方さん、と。
以前と変わらねえ呼び方で俺を呼び、職場での態度をそのまま家にも持ち込んだ。
結局こいつは俺に流されただけなんだろう。
俺が無理矢理羽を毟り、閉じ込めた。
逃げ出す術を失くしたナマエは諦め、ここにいる。
ただ、それだけのことなんだ。
「おっ、これ美味えなあ!」
「確かにな。良い出汁が出ている」
平助や斎藤の言葉に、ナマエが笑う。
「君って会社ではドジなのに、料理だけは上手いよね」
「はははっ、昨日も書類ぶち撒けてたもんな」
総司や原田の言葉に、拗ねてみせる。
その表情は生き生きとしていて、楽しそうだった。
俺の前で見せる、困ったような苦笑じゃなく。
遠慮したような喋り方でもなく。
以前俺が惹かれた、ナマエ本来の姿だった。
そうやって、笑っててほしかった。
いつだって、笑っててほしかった。
だが、俺が煙草を消してリビングに戻れば、ナマエは笑みを引っ込めて立ち上がった。
俺の方を気にした素振りを見せながら、空き缶を集め始める。
「土方さんも何か飲まれますか?」
向けられた笑顔は作りもんで、掛けられた言葉は堅苦しかった。
「いや……いらねえよ、」
俺の前でだけ、ナマエは笑わねえ。
それは確実に俺のせいだろう。
最初からずっと、ほとんど力尽くだった。
ナマエの意思なんざ確かめず、話を聞こうともしなかった。
そんな俺に、怯えてるんだろう。
「ねえ、ナマエちゃんってさ、」
奇妙な沈黙を、総司が破った。
「土方さんのこと、いつもそうやって呼んでるの?」
「え………?」
空き缶を両手に持ったナマエが、顔を上げる。
その言葉に、ぐ、と奥歯を噛み締めた。
「土方さん、なんて。随分堅っ苦しいじゃねえか」
上乗せされた新八の言葉に、ナマエは困ったように笑った。
「ずっとそう呼んでましたからね。癖になってしまったみたいなんです」
やんわりと追及を躱したナマエが、缶を持ってキッチンに消える。
ふぅん、と呟いた総司に向かって、大きく舌打ちをした。
それは、嘘じゃねえかもしんねえ。
だがナマエはきっと、それ以外の呼び方で俺を呼ぼうと思ったことなんざねえんだろう。
恋人、同棲。
仲が良さそうな響きに聞こえても、所詮それは俺の独り善がり。
ナマエの気持ちなんざ、どこにもねえんだ。
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