この手を離したならば[2]
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「おーいナマエーー!ビールまだあるかーー?」

残業を終えて帰宅したマンション。
玄関ドアを開けた途端聞こえてきた声に、思わず舌打ちが漏れた。
これは原田の声だ。

「あ、はーい!ちょっと待ってて下さい!」

次いで、ナマエの声が聞こえる。
その背後で、新八と平助が騒いでいる声も聞き取れた。
玄関に転がった靴を数える限り、斎藤と総司もいるんだろう。
全員、大学時代からの腐れ縁だ。
あの頃から、最も広い家に住んでいる俺の所に集まる習慣は何も変わってねえ。
別にそれが嫌なわけじゃねえ。
騒がしさにうんざりすることもあるが、基本的には一緒にいて楽しい奴等だ。

そう、これが俺一人で住んでる家なら、何も問題はなかった。
部屋なんざ余ってるんだ。
金曜日の夜。
好きに騒いで好きに潰れりゃいい。

だが。

「おいてめえら!俺のいねえ間に勝手に入るなっつっただろうが!」

案の定、リビングは酔っ払いに占領されていた。
大方、この馬鹿共が無理矢理押し掛けたんだろう。
丁度キッチンから出てきたナマエが、俺を見て苦笑する。

「おかえりなさい、土方さん」

いつもならば心を満たしてくれるその言葉が今はどうにも癪に触り、小さく舌を鳴らした。

俺一人の家ならば、別にいい。
だが、今この家にはナマエも一緒に住んでいるのだ。
その状況で、俺がいねえ間に家に押し掛けるこいつらに、心底腹が立った。
そして、それを受け入れてしまうナマエ自身にも。

てめえの男の友人をもてなす。
そう考えりゃ、よく出来た女だ。
だが、いくら仲が良いとはいえ、一人きりの家に男を五人も招き入れるたあどういうこった。
何かあってからでは遅いんだ。


「土方さん、お夕飯出来てますよ。皆さんはもう完全に宴会モードですけど」

そう促されてダイニングテーブルを見れば、きちんと俺一人分の夕食が並んでいた。
良く出来た女だ、分かってる。
こいつらのことだって、勢いに負けて断りきれなかったんだろう。
それも、分かってる。

「ねえナマエちゃん、これ美味しいね。もっとないの?」
「どれですか?ああ、ちょっと待ってて下さい。今持って来ますね」

だが。
俺の女と知ってて、平気でナマエに喋りかけるこいつらが。
それに対し、当たり前みたいに笑って受け答えをするナマエが。
俺の神経を逆撫でした。



同棲を始めたのは、三ヶ月前。
俺にとって、女と一緒の家に住むのはこれが初めてだ。
元々、他人にプライベートを干渉されるのが嫌いだった。
それは今でも変わってねえ。
もちろん飯の支度をしたり家事をやってくれるのはありがてえが、それを期待したわけでもねえ。
ただ、ナマエを縛り付けておきたかった。
日中は、同じ部署だから常に目の届く場所にいる。
だが仕事の後はそうじゃなかった。
上がってから、どこで誰と何をしているのか。
気になって仕方なかった。
俺の知らねえナマエがいるということが、耐えられなかった。
だから無理矢理、俺の家に住ませた。

会社でも、堂々と言いふらしてやった。
これは俺のもんだ、手を出すな、と。

だがこいつらは、遠慮というもんを全く知らねえ。

「ほら、お前もこっち来て座れよ」
「そーだよ。酒の追加なら俺らがやるからさ」

平気でナマエの手を掴み、輪に加え、話しかける。
普通なら、喜ばしいことなのかもしんねえ。
てめえの女が仲間にも受け入れられ、仲良くしている。
その場に馴染み、楽しんでいる。


「……冗談じゃねえよ、」


換気扇の下、空になった煙草のケースを握り潰した。

俺はそんなこと、望んじゃいねえ。
あいつらと仲良くしろとも思わねえ。

ただ、俺のことだけ見てりゃいいんだ。





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