差し出されたその手に
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「それじゃあみんな、メリークリスマス!!」

真っ赤なサンタクロースの帽子を被り上機嫌で乾杯の音頭をとった近藤さんを見て、私は精一杯の笑顔でグラスを掲げた。



社員の皆でクリスマス会をする、という話が回ってきたのは12月の頭だった。
社長である近藤さんが立ち上げたこの会社は、さほど社員が多くない。
全員を集めても、居酒屋の座敷を貸し切るだけで事足りてしまうほどの人数だ。
発案者の近藤さんは、皆にクリスマスプレゼントを用意すると豪語するほどの張り切りよう。
もちろんその、社員を仲間として大事に扱う温かい人柄を、素敵だとは思うけれど。
今回ばかりは、お門違いだと分かっていても少し恨めしかった。

はじめと付き合い始めてから、初めてのクリスマス。
仕事上がりに二人きりでお祝いをするつもりだった。
勇気を振り絞ってサプライズ相談所だなんていう怪しげな店に入ってまで、色々計画していたのに。
当のはじめは、そのクリスマス会に土方部長が参加すると聞いた途端、何の躊躇もなく俺も参加します、と言ってしまっていた。
その台詞で、私の予定はご破算というわけだ。

もちろん、会社の皆のことはとても好きだ。
社長の近藤さんは気さくで良い人だし、土方部長も厳しいけれど面倒見の良い頼れる上司だ。
先輩の左之さんや新八さんも優しいし、同期の総司や平助だって、一緒にいて楽しい仲間だ。

だけれども。

「……二人きりが、よかったんだけどなあ」

目の前には、ビールと山盛りの唐揚げとフライドポテト。
今頃シャンパンを傾けているはずだった当初の予定は、苦いビールと共に消えていった。

「何か言ったか、ナマエ?」
「いえ、何でもないですよ」

隣に座っている左之さんが私を覗き込む。
私は笑って首を振ると、ポテトに箸を伸ばした。

そんな私を他所に、クリスマス会という名の忘年会は、ビールの量に比例してどんどん盛り上がっていく。
大きなテーブルを三つ並べた座敷で、左之さんは隣の新八さんと大声で冗談を言い合い、それを平助が笑いながら聞いている。
上座に座った近藤さんと土方部長も楽しげに何か話していて、時々総司が茶々を入れては部長を怒らせている。
そして私の斜め向かいには、静かに日本酒を傾けるはじめがいた。
その表情こそいつもと変わらないが、それなりに楽しんでいるのだろう。

はじめが楽しいなら、別にそれでいい。
いいとは、思うけれど。

「斎藤さん、サラダ食べますか?私取りますよ」

その隣に座っているのが千鶴ちゃんだということが、少し面白くなかった。


私とはじめが付き合っていることは、誰も知らない。
というか、誰にも言っていない。
近藤さんはきっと、社内恋愛を禁止したりはしないだろうけれど。
やっぱり仕事のことを考えると、公にするのは憚られた。
だから、この関係は誰にも言わずに私とはじめだけの秘密だった。

仕方ないと思う。
千鶴ちゃんに悪気があるわけじゃないことは分かっているし、この席順に文句をつけることも出来ない。

「ああ、すまぬ。では少し貰おう」

でも、目の前で自分の恋人と他の女の子が仲良さげに話している姿を見るのは、やっぱり少し嫌だった。
本当なら今頃、はじめにサプライズを仕掛けて、二人で笑って。
楽しいクリスマスを過ごしているはずだったのに。
そんなことを考えると、余計に心の中がもやもやとしてきてしまって。
私は隣に置いたバッグの中からスマホを取り出した。

別に、千鶴ちゃんと仲良くするなとは言わないけれど。
少しくらい、私のことも意識してほしいから。

"好き"

たった二文字のメールを、こっそり送り付けた。
そのままはじめの方を見ていると、メールの着信に気付いたはじめがスーツのポケットの中からスマホを取り出す。
私はそっと視線を逸らし、ビールジョッキを手に取った。
視界の端、私のメールを読んだはじめが顔を赤くしたのが分かる。
顔を上げたはじめが私の方を見たけれど、敢えて視線は合わせなかった。

やがてはじめが再びスマホに視線を落とし、返事を打ち始める。
きっと、何と送るか悩んでいるのだろう。
難しい顔をしたはじめからの返信はなかなか届かなかった。

私のことを意識してもらうという目的は、もうこれで達成出来たけれど。
人間は欲張りだ。
私の"好き"に頬を赤らめて照れ臭そうに口元を緩めたはじめを、どうしても独り占めしたくなって。

"ねえ、抜け出そうよ"

はじめからの返信が届く前に、もう一度メールを送った。
きっとはじめは、私の我儘を聞いてくれる。
皆に怪しまれないように抜け出すための手順を打ち合わせるメールが送られてくるだろう。
そう思ってはじめの手元を見ていると、不意にはじめが立ち上がった。

そして。

「ナマエ、」

声を潜めることもなく、さも当たり前とばかりに。
いつも職場では名字を呼ぶはじめが、私の名前を呼んだ。

「………おい、斎藤?」
「どうした、酔っ払ってんのか?」

それまで盛り上がっていた席が、一瞬で静まり返って。
恐る恐るとばかりに、土方部長や左之さんがはじめに声を掛ける。

「社長、土方部長。申し訳ありませんが、俺とミョウジは先に失礼させて頂きます」

明らかに凍り付いたその場の空気を、まるで無視して。
はじめはそう宣言するなり、ヒジネスバッグとコートを片手に持ってテーブルを回り込み、唖然として固まった私に手を差し出した。

「行くぞ、ナマエ」
「え、あの………はじめ?」

確かに、抜け出そうと言ったのは私だけれど。
これでは、誰もが私たちの関係を知ってしまう。
いやもう、この危惧すら今更かもしれない。
当たり前だけれど、全員が私たちの方を見ていた。
総司が、へえ、そういうこと、と呟いたのが聞こえる。
酔っ払った新八さんの呻き声も聞こえる。
だけどはじめの手は揺らがなかった。



「俺と来い。悪いが、いつまでもあんたの隣を左之に譲るつもりはない」




どうやら、サプライズを仕掛けられたのは私の方だったらしい。




差し出されたその手に
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