二つの心が選ぶ愛[1] R-18「お兄ちゃん!」
聞き慣れた声に呼ばれて振り向いた。
教室の後ろのドアから、ナマエが顔を覗かせていた。
「どうした、」
「今日は部活お休みでしょ?一緒に帰ろうと思って」
にこにこと笑って見上げてくる、あどけない表情。
ナマエがいるだけで、空気が暖かくなる気がした。
「そうだったのか、すまない。実は急遽委員会の仕事が入った故、まだ帰れぬのだ」
「あ……そうなんだ、」
途端に曇る表情がまた、愛らしい。
俺とは異なり喜怒哀楽を素直に表現するナマエは、年齢でいうと俺と一つしか変わらぬはずなのに、ずっと幼く見えた。
「じゃあ先に帰ってるね。今日はお母さんも仕事だって言ってたから、ごはん作って待ってる」
「ああ、頼む」
また後でね、と。
スカートを翻して廊下を駆けて行く。
その後ろ姿をじっと見送っていると、不意に誰かに肩を叩かれた。
「本当、君たちって兄妹仲良いよね」
「……総司か、」
視線を向ければ、呆れたような苦笑にぶつかる。
「普通だと思うが」
「どこがさ。君、自分がシスコンだって分かってるの?」
シスターコンプレックス。
女姉妹に対し、強い愛着や執着心を抱くこと。
「そんな調子で、ナマエちゃんが彼氏を作って紹介してきたらどうするつもり?」
斎藤ナマエ。
俺の、妹。
「……さあな、考えたこともない」
ナマエが、彼氏を作って俺に紹介することなど、あり得ぬのだ。
そう、絶対に。
「……やぁ……っ、あ、……あ……っ」
ベッドに押し倒し、その身体を貪った。
シーツに黒い髪を散らして喘ぐその顔は、俺とは全く似ていなかった。
「……だめ……っ、おにい、ちゃ……っ」
「そうではないと、教えただろう」
羞恥で色付いた頬が、さらに赤みを増す。
目を潤ませて見上げてくる姿に欲情した。
「……は、じめ……っ」
その唇が紡いだ名前に、胸が熱くなる。
深く最奥を穿てば、中が激しく戦慄いた。
斎藤ナマエ。
旧姓、ミョウジ。
俺の父の再婚相手の、連れ子である。
出会ったのは、まだ幼い頃だった。
連れ子同士である俺とナマエは、本当の兄妹のように育った。
突然出来た妹という存在に、まだ幼かった当時の俺は疑問を差し挟むこともなく。
子供心に、守らなければならない存在だと認識し、大切にしてきた。
ナマエも俺のことを、本当の兄のように慕ってくれた。
俺とナマエを、誰もが仲の良い兄妹だと認識している。
友人も親戚も、無論両親も。
誰も知らぬのだ。
俺とナマエとの間にあるものが、兄妹愛ではなくなってしまった、ということを。
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