捕らえた獲物は逃がさない[2]
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座敷の片隅、頑なに正面を向く彼女を背後から拘束し、その首筋に顔を寄せる。
香水じゃねえ、彼女そのものの匂いに唆られた。

「…あんた、いい匂いがするな」

鼻先を耳の裏に押し付ければ、彼女が擽ったそうに身体を捩る。

「や……っ、」

そして唇から漏れた声に、別の意味があることを知った。

「耳、弱いのか」

わざと唇を寄せれば、やだ、と抵抗が激しくなる。
弱点を確信し、思わず笑みが漏れた。

「馬鹿野郎。逃しゃしねえよ」

腕の力を強めてより一層腰を引き寄せ、ついでに唇で耳殻に触れる。
そのまま縁を唇で喰めば、腕の中の身体がびくりと跳ねた。

「……なんだ、感じてんのか?」

耳の穴に息を吹き込むように囁けば、彼女が嫌々と餓鬼みてえに首を振る。
背後から片手を回し、その顎を掴んで固定した。

「いいじゃねえか。感じてろ」
「や…っ、トシ君……!」

非難めいた口調。
だがその声音は、俺の声に感じたことを確かに物語っていた。

「みんないるのに……っ」

その言葉に顔を上げれば、なるほど確かにどいつもこいつも俺たちを見てやがる。
原田は苦笑してやがるし、総司は思いきり呆れ顔だ。
新八と平助は、酒を片手に俺の愚痴を大声で叫んでいた。
極め付けは斎藤だ。
明らかに据わった目付きで俺を睨んでやがる。
俺としちゃ、非常に気分のいい状況だ。
このまま見せつけてやりてえ気もする。
だが、恐らくこいつは今とんでもなく色っぽい顔をしてやがるはずだ。
それをあいつらに見せてやる義理はねえ。

「……おい、出るぞ」

立ち上がり、左手に俺とこいつのバッグを二つ纏めて持ち、右手で放心したみてえに座り込んだこいつの手首を掴んで引っ張り上げた。

「ちょ…っ、トシ君!」
「うるせえ、黙って着いて来い。…それとも何だ、見られんのが趣味か?」
「ちっ、違…っ」
「だったら来い」

そのまま手を引いて、座敷を横切る。

「ちょっと土方さん!帰るのは勝手ですけど、お金は置いて行ってくださいよ」
「うるせえ、散々いいもん見せてやっただろうが。鑑賞料だと思え」

総司の文句に見送られ、そのまま店を後にした。


「ホテルと俺の家、どっちがいい」

掴んだ手首は、俺の指が優に余るほど細かった。
そのまま駅の方向へと歩き出せば、後ろから小走りなヒールの音が追い掛けてくる。

「待って、待ってよトシ君!こんな…っ」

その声が今にも泣き出しそうに聞こえて、流石に足を止めた。
手を離して振り返れば、夜道を照らす街灯の下には頼りなげな表情があった。

「何だ」
「何だって…。ちょっと待って、急すぎて何が何だか……」

その困惑しきった雰囲気から、こいつは俺の気持ちになんざこれっぽっちも気付いちゃいなかったのだと思い知る。
いつもの態度は、どうやら牽制のつもりじゃなかったらしい。

「今更言わねえと分かんねえってか?」
「……そういう、意味じゃないけど。……本気、なの?」
「たりめえだろうが。誰が冗談でこんなことするかよ」

俺の言葉に黙り込んだこいつを見れば、信じてねえのは一目瞭然だった。
一体俺は、どんな男だと思われているのか。
大方、総司があることないこと適当に吹き込んだのだろう。

「ナマエ、」

初めて口にした名前に、ナマエが驚いたような顔をする。
仕事中じゃお目に掛かれねえ姿を前に、柄にもなく少し気恥ずかしさが込み上げた。

「無礼講、なんだろ?」

若干言い訳がましくなっちまった気がして、どうにも居た堪れねえ。
無性に煙草が吸いたかった。

「………でも、お酒入ってる、し……」
「俺は飲んでねえって言っただろうが」

ぽつりと零された言葉に、もどかしさを感じた。
誰が相手だと思ってやがる。
だがその慎重さは、決して嫌いじゃなかった。

「私は飲んでるもん……」

こいつは決して、酒の勢いで誰とでも寝る女じゃねえ。
だからこそ、いま選んで貰うことに価値がある。

「安心しろ」

一メートル弱の距離を、一歩で詰めた。
右手を伸ばし、片手でその身体を抱き寄せる。
そのまま頭を胸元に押し付け、耳元に唇を寄せた。


「…素面に戻っても、後悔はさせねえよ」


だから落ちて来いよ、ここまで……な。




捕らえた獲物は逃がさない
- だから大人しく俺に食われてろ -




あとがき

佳様へ

昨日はメッセをありがとうございました。
レスページの方でもお返事をさせて頂きました。内容の重複を避けるため、こちらでは作品の後書きのみ掲載させて頂きますので、お手数ですがレスページの方も併せてご確認頂けると幸いです。

というわけで、「とらわれたのは私か」の続編、お待たせ致しました。
あのあとが気になる、とのことでしたので、文字通り直後を執筆させて頂きました。……ど、どうでしょうか(ドキドキ)。なにぶん年下の土方さんは書き慣れていないので、こんな感じで大丈夫かどうか、とても不安でいっぱいです。
お気に召して頂けるといいのですが……っ。

この度は素敵なリクエストをありがとうございました。楽しんで書かせて頂きました。
これからもThe Eagleをよろしくお願いします(^^)







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