捕らえた獲物は逃がさない[1]
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「トシ君、ちょっと力貸して貰っていいかな」

ミョウジさんが俺にそう声を掛けてきたのが、春先のことだった。

ミョウジナマエ。
年は、確か俺より3つ上。
入社以来世話になっている、同じ部署の先輩だ。
だが部署が同じだっつってもその仕事内容は多岐に渡り、これまであまり言葉を交わすことはなかった。
それを一変させたのが、彼女の一言だった。

急遽、彼女がサブチーフを務めるプロジェクトのメンバーに選ばれた。
チーフは近藤さん。
そこに俺と同期の原田と永倉、さらに後輩の斎藤、総司、平助。
部署内でも優秀な人材が、彼女に声を掛けられてこのプロジェクトに参加した。
朝から晩まで働き詰めの恐ろしく多忙な日々だったが、やり甲斐があった。
能力の全てを費やしたプロジェクトは先日無事成功を収め、社内外を問わず高評価を得た。

特に、ミョウジさんの尽力は大きかった。
全力で仕事に打ち込む。
かと思えば、働き詰めの部下を温かく労った。
大局を見極め、プロジェクトの舵取りをする。
そうやって広く全体を見渡しつつ、細やかな配慮で部下一人ひとりを気に掛けた。
時に厳しく、時に優しく。
周囲をサポートしながら、見事にこのプロジェクトを成功させてみせた。

入社した頃から、尊敬していた。
男女差別をするつもりなんざねえが、それでもまだ女がのし上がるには厳しいこの社会で。
自分の足で上に立ち続ける姿に、憧れみたいなもんを感じた。
それがいつの間にか、彼女を女として見るようになっていた。
きっかけなんざ覚えてねえ。
ただ、気が付いた時にゃもう心を奪われていた。
だからこそ、このプロジェクトの一員に選ばれたことは嬉しかった。

だが彼女は、会社ではいつだって俺の上司だった。
決して、偉ぶって部下にあれこれ命じる訳じゃねえ。
彼女は上司部下の関係に捕らわれることなく周りの意見に耳を傾けたし、誰とでも分け隔てなく接した。
でも、越えられねえ不可視の一線を常に引かれている感覚があった。
他愛ねえ話をしていても、どこかで予防線を張られていた。
仕事の話をする時は腹を割ってとことん話してくれるが、いざ話題がプライベートゾーンに入ると途端に上手くはぐらかされる。
それが俺に対してだけなのか、それとも他の奴らに対してもそうだったのか、それは分からねえ。

嫌われてねえことは分かっていた。
信頼されていることも知っていた。
だが、男として見られているとは思えなかった。
アプローチを仕掛けたことがない訳じゃねえ。
忙しい日々の合間を縫って、二回ほど食事に誘ったことがある。
だがどっちも、仕事を理由にやんわりと断られた。
その真意がどこにあったのかは分からねえ。
避けられてるとは思わねえが、かといって傍にいることも出来ねえ。
中途半端な一定の距離感は、この半年で縮むこともなけりゃ遠ざかることもなかった。



だから、これが最後のチャンスだった。
プロジェクトの成功を祝した打ち上げ、と称された飲み会の席。
来週からは、彼女と俺は違う仕事を担うことになる。
恐らく言葉を交わす機会は激減するだろう。
その前に、最後の悪足掻きをしてみたかった。

「口説いていいのかって聞いてんだよ」

自信なんざこれっぽっちもなかった。
だが、下手に出て上手く躱されるよりは、強引に丸め込んでやろうと思った。

「…だ、め…じゃな、い…」

そして、返ってきた言葉に耳を疑った。
てっきり、笑って流されるかと思っていた。
だがその返事は、Noじゃねえだろうが。

「任せとけ。お開きまでに、落としてみせる」

駄目元だったはずの最終手段に、光明が差した瞬間。
俺は本気になった。


酔っ払った外野からの野次なんざ、最早どうでもいい。
スーツの上から細いウエストを引き寄せ、背後から抱き締めた。
初めて触れた身体は華奢で、会社での辣腕っぷりが信じられねえほどだった。
身動ぎする身体を男の力で強引に捩じ伏せ、抵抗も唇も一緒くたにして奪い尽くす。
真っ赤になった顔を背けた彼女を見て、これは押し通せるんじゃねえかと期待した。









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