あの日届いた最愛[3]
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4月とはいえ、空気は少し肌寒かった。
この景色は何も今日限りではない。
明日も見れるし、一度散ってもまた来年の今頃に見ることが出来る。
今日はそろそろ帰ろう、と。
木の根元に置いていたスクールバッグに手を伸ばした。

その時だった。


「ナマエ……っ」


それは、あの日と同じ声だった。
切羽詰まったように掠れ、擦り切れそうになった。
悲痛な音だった。
心を鷲掴みにされてしまうような、そんな声だった。

また幻聴か、と。
そう思ったのに。

「ナマエ!」

今度は一度目よりも鮮明に、よく知った声が私を呼んだ。
考えるよりも先に振り返った視線の先に。

「ひ、じかた、さん……?」

駆け寄って来る、見慣れたようで見慣れていない、懐かしい姿があった。
どうして、とか、どうしよう、とか。
そんなことを考える暇なんて、これっぽっちもなかった。

真っ直ぐに駆けて来た土方さんは、その勢いを殺しもせずに私にぶつかり、地面に押し倒しそうな勢いで私の身体を抱きしめた。
細身とはいえ成人男性の体重を掛けられ、当然踏ん張りきれずに尻餅をつく。
土方さんはそのまま膝をつき、私の上に覆い被さった。

「あの、土方、先生?ちょっと、これは、」

その時私がなぜそこまで冷静だったのかは、良く分からないのだけれど。
人間、相手が取り乱すと自分は正気に戻るのか。
教師が生徒を押し倒しているこの画はまずいと、そう言い掛けて。

「ようやく見つけた…!」

降ってきた声に、全てを遮られた。
言葉も呼吸も、鼓動さえも。

目の前に、紫紺の瞳があった。
それは別れの日に見た醒めた視線ではなく、それよりも前、いつも私を抱く時に見せた色だった。

「土方、さん…?」

彼は、憶えている。
きっと全てを、今世に持ち越しているのだ。
それならば、どうして。

「どうして……だって、あの日…」

あの日、いらない、と。
そう言ったのに。
それなのにどうして、そんな声でそんな目で、私の前に現れるの。

「嘘だ…っ」

吐息が耳に掛かりそうな距離で、土方さんの声が聞こえる。

「…え……?」

何が、と問う前に。
土方さんは、血を吐くような掠れた叫び声を上げた。

「飽きたなんざ、嘘だ。身体目当てだったみてえな言い方も、必要ねえなんて言ったのも、全部嘘だった…!」

土方さんが、真っ直ぐに私を見下ろす。
突き刺さるような視線の中に、激しい感情を見つけた気がした。

「お前を置いて行くには、ああするしかなかった。巻き込みたくなかった。幸せに…っ、生きてほしかった…っ」

その瞬間。
あの日聴いた最後の声が、幻聴なんかじゃなかったのだと知った。

「憶えてるか?…あの日も、此処だった」
「え…?」
「あの日、お前と別れたのは、この桜の木の下だった」

その言葉に、引っ張り出す遠い昔の記憶。
土方さんの背を見送りながら、近くにあった木の幹に縋り付いて泣いた。
それが、この桜だったというのか。

「それに気付いて、餓鬼の俺はこの学園に入学した。だがその3年間で、お前は現れなかった」

私を、探してくれていたの。

「だったら残された道は教師として此処に居座るしかねえと、大学で教員免許を取った」

もう一度会いたい、と。

「就職してから、4年だ。やっと、新入生名簿にお前の名前を見つけた」

そう、思ってくれていたの。

「入学式でお前を見て、確信した。お前が、ナマエだ、と」

見つめてくる視線が、叫んでいた。
愛しい、と。
すまなかった、と。

「莫迦みてえだろ。てめえで手を離したくせに、忘れるなんざ出来なくてよ」

そう、叫んでいたの。

「いつか…っ、いつかまた、この桜の下で会えんじゃねえかって…!」

だから、名前を呼んでくれたの。
あの日も、今日も。
全く同じ声で。

「許してくれなんざ、言わねえ。そんな都合のいいことを言うつもりはねえ。…だが、」

土方さんは、何も変わっていなかった。
相変わらず馬鹿みたいに不器用で、馬鹿みたいに優しくて。

「もし、お前がまだ、」
「土方さん」

そして私は、馬鹿みたいにこの人のことだけが愛おしい。

「お慕い、しております。あの頃から、ずっと、」

視界の中、舞い散る桜を背景に、土方さんはやっぱり少しだけ眉を寄せて、泣きそうな顔で笑った。




あの日届いた最愛
- それは、時を越えて再び巡り会う -




あとがき

蓮花様へ

お待たせ致しました。「どうかこの叫び声が」の続編でございました。
再会のシチュエーションを勝手に、転生による現パロにしてしまって申し訳ありませんでした。私としてはどうしても、あの時代における二人の再会は考えられませんでした。
「どうかこの叫び声が」の二人は、土方さんは史実通り函館にて戦死、ヒロインちゃんはその後に病死、ということにさせて頂きました。
転生という設定については好き嫌いが分かれるものかと思いますので、お気に召さないようでしたら本当に申し訳ないです。
時代を越えて、再びあの桜の木の下で。今度こそ、最後まで共に生きて欲しいと願います。

この度は、企画へのご参加ありがとうございました。4年目に入りましたThe Eagle、これからもよろしくお願いします(^^)



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