すれ違いの交響曲[3]
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「……誰と何をしていた、」

己でも驚くほど、低い声が出た。
真っ直ぐに彼女を見据えれば、彼女が怯えたように身体を強張らせたのが分かった。

「答えろ、ナマエ。退社してから先刻まで、誰と何をしていた」

あの男は誰だ。
あんたとどういう関係なのだ。
いくら先約だったとはいえ、俺との時間よりも優先するとはどういうことだ。

「………狭量な男だと思うか」

怯えた目で見上げてくる彼女の姿に、憤りよりも情けなさの方が大きくなってくる。

「俺の知らないあんたがいる。それすら許せない俺を、面倒な男だと思うか」

本当は、このような姿を見せたくはなかった。
心の広い、彼女の全てを包み込んで許せるような男でいたかった。
だが、どうしても譲れぬのだ。
子ども染みた独占欲だと分かっていても、止められぬ。

「あんたは、俺のものだ……っ」

頭上で、上り電車の到着を知らせるアナウンスが鳴り響く。
その時、視界の中で彼女がゆっくりと息を吸い込んだ。

「……れ……い、…です」

その唇が動き、言葉を紡ぐ。
だがその声は反対側のホームに滑り込んで来た電車の走行音に掻き消され、聞き取ることは出来なかった。
電車が止まるのを待ってから、聞き返す。

「すまぬ、ナマエ。聞き取れなかった故、もう一度、」

そして、返ってきた言葉に息を呑んだ。

「嬉しい、です…っ」

そう言って、彼女は幸せそうに笑った。
予想だにしていない言葉だった。

「斎藤さん、あんまり私のことに興味なさそうだったから。そういう風に思ってくれてたんだって分かって、嬉しいです」
「……そう、なのか?」

面倒だと思われたり、呆れられたり。
そのような反応ならば、納得もいった。
まさか嬉しい、などと言われるとは思ってもいなかった。
再び電車が動き出し、走行音がホームを支配する。
その音が遠ざかってから、彼女は口を開いた。

「さっきまで会っていたのは、原田さんっていう人で。大学の先輩で、美容師をやってる人なんです」
「…美容師?」
「はい、この間髪を切ってくれた人です」

そう言って、彼女が肩口で揺れる毛先に指を絡めた。

「またロングにしようと思ったら、切るわけにもいかなくて。でも今ってすごく中途半端な長さじゃないですか。それで相談してみたら、店で使っているワックスがお勧めだって言われて。今日はそれを買いに行ってたんです」

つまり俺が見たのは、その帰りだったということか。
恐らくは女性の一人歩きを慮り、あの男が駅まで送った、と。
そういうことか。

「……すまない。その、先程駅の前であんたが男と二人でいるところを見掛けた故…」
「ああ、そういうことだったんですね」

納得がいったと、彼女は笑った。

「原田さんとは、本当、そういうのはないんです。それに……私が好きなのは、その、斎藤さんだけ、ですから」

次第に小さくなる声。
だが今度は聞き漏らさなかった。

胸の内を満たす、温かな幸福感。
恥ずかしげに俺を見つめる彼女に、愛おしさが込み上げた。


「……俺にも、あんただけだ」




すれ違いの交響曲
- そして幸福の最終楽章へと -




あとがき

はじめ大好きママ様へ

お待たせ致しました。「誤解と誤想の協奏曲」続編、交際を始めた二人を待ち受ける困難、でした!!
……これは、困難、だったのだろうか(焦)。
一番肝心なところに自信がなくて申し訳ないのですが…。幻滅されたくなくて本心を言えない一君と、自信がなくて不安になっていたヒロインちゃん。些細なすれ違いの中で起こった、再びの「誤解」を描いてみました。特別出演は相変わらず左之さんということで(笑)。
最近年下の一君ばかり書いておりましたので、キャラクター性が正しいのかどうか不安なのですがら…お楽しみ頂ければ幸いです。
この度は、企画へのご参加ありがとうございました。これからもThe Eagleをよろしくお願いします(^^)




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